陣医が超える理
宗庵から命を受けた夜。
桃慧は命の内容を思案しつつ患者の看病にあたる。
包帯を変え、膿んだ傷口を流水と濾した酒で洗い、薬を塗り、清潔な包帯で巻き直す。
自ら飯を食えないものに粥を食ませ、水とドクダミ、ユキノシタ、柳の樹皮を煎じた飲み薬を飲ませる。
柳の樹皮には熱を下げたり鎮痛効果があるのだ。
昼に倒れた者には飯を与えず、体調の変化を観察、打撲した足に薬を塗り、文句を言われたら傷をつつき黙らせ、話をさせ聞き取り、慎重に様子を見る。
少々悪い気がするのだが万が一のため心を鬼にして見守るしかないのだ。
一通り診察を終えたら血で濡れた包帯を洗い、煮えた湯に潜らせ消毒し庭に干す。
乾いた包帯は目の見えない人々に巻いて箱に入れてもらい風通りの良い棚で管理する。
皆が寝静まったころ薬を煎じ、壺に入れて保管する。採れた薬草を表に干し、夜風を這わせる。
東の空から半分にかけた月が顔をのぞかせ、桃慧は明かりを消して月明りで外を眺めながら”新たな仕組み”を思案する。
「まずは仕組み....負傷者を選んで搬送させたい....死んでいたり、処置のしようがないものは運んでも意味がない.....具体的に言うとどうだろう?」
桃慧は先ほどまで薬を煎じていた机とにらめっこをしながら思案する。
「なるべくわかりやすく.....」
筆を執り紙に書いてまとめていく
・血が流水の如く噴き出し止血できないもの
・首や頭が深く傷ついているもの
・銃創が臓器を抉っているもの
・頭部が陥没し脳が出ているもの
・四肢が斬られ意識がないもの
・血が乾き、脈が無いもの
・全身が焼け皮膚が焼け焦げているもの
・呼吸、心臓が停止しているもの
「これくらいかな....?これらの症状は搬送不要として.....次は....早急に搬送が必要者のね」
紙を新たなものに変え筆を走らせる。
・深い裂傷、まだ脈が強く止血がある程度可能なもの
・胸、腹部への刺傷、臓器に達していない範囲の傷、もしくは臓器への傷が少ないもの
・頭部への外傷、意識がある、心臓が動いている手を握るなど反応がある
・骨折や四肢の異常
・息をするたび痛みを訴える、呼吸が浅く短いもの
・重度の熱病や熱射病
「あとは....うーん......私にできる範囲で......」
・意識はあるが頭を強く打ったもの
・浅い切り傷や刺し傷
・骨折の疑いがあるもの
・腹部、胸部への打撲
・軽度のやけどや、狭い範囲のやけど
「これは搬送するか迷うけど、必要な枠ですよね....次は現地で処置してもらった方がいい枠ね」
・浅い切り傷や擦過傷
・手足の打撲
・転倒傷、少量の出血
・軽い熱病や日射病
「これくらいでどうだろう?あとは判断に迷ったら原則後送させることを徹底してもらえれば....」
桃慧は考案した区別を何と呼ぶか考える。
「.........傷病見立て?っていえばいいのかな?夜が明けたら安藤様と丹羽様に聞いてみよう...」
外は闇夜を静かに裂くようにトラツグミが鳴いている。
「どうすれば鎧を付けた男たちを簡単に運べるのだろう?」
鎧を付けた武者の重さは約80~90Kgそれを何度も運べる耐久性
輿や板では運ぶ側が疲れてしまう。
「軽くて丈夫.....そして血が付くだろうし簡単に洗えたり交換できるものがいい.....何を使えばいいのだろう」
頭を抱え悩む桃慧、
「木の板に取っ手を付けて.....これだと重すぎるし運ぶだけで負荷をかけてしまう....」
桃慧は思わず床への転び芋虫のようにグネグネと寝転がり、一瞬ハッとし動きを止めるが再びグネグネと床を這いまわる。
しばらくグネグネしていると程よい眠気が桃慧が襲う。
しかし再度立ち上がり寝息を立てる患者たちを診て回る。
ふぅと息を付き、診療所の玄関を開け外を眺める。
大手口を警備する門兵たちも暇そうに旗槍を杖代わりに立っている。桃慧の姿を見ると頭を下げ小さく手を振ってくれる。
軽く会釈を手を振り返し診療所の中へ戻る。
「門兵さんはこんな明け方まで大変.....ん?」
再び玄関より顔を出し門兵たちを眺める。
門兵たちはあくびをしながら再び桃慧を見つけると、今度は槍旗を振ってくれた。
「あ~~~~~~~.....」
桃慧はその場で膝を付き倒れるとがっくりと肩を下し、少しすると立ち上がり自分の寝床に着いた。
門兵たちは不思議そうに眺め、屋敷に入る桃慧を見送った。
数時間後夜が明け町が動き出す。
桃慧はわずかな睡眠の後再び患者たちの見回りを始め、終わると直ぐさま大手門の門兵たちに話をかける。
「槍を2本お貸しくださいませ」
手勢は居なくとも信長の直臣である桃慧からの命令である、断れるものではない。
すぐさま一人が坂を上り武器蔵の中から槍を2本運んできた。
「ありがとうございます」
そういうと慣れた手つきで槍を小さな手で持ち診療所へ戻っていく桃慧
呆然と見送る門兵
「介錯か?」「ご乱心か?」「おそらく誰かを手打ちにするのだろう」
門兵たちが身震いさせながらシャキッと門兵としての職務に身を入れた。
そんなことを思われてるともつゆ知らず、桃慧は槍の先をノコで切り落とし、麻布を縫い始める
麻布を3枚重ねて縫い付け2本の槍へ縫い付ける
「これでいいのでは?」
無気力な目でできたものを見下し眺める
—―正午頃
出来た物と昨夜考えた枠組みの報告のため岐阜城へ上がり丹羽長秀と安藤宗庵の元へ足を運ぶ。
長秀の陣屋では多くの報告書に囲まれた長秀が頭を抱えながらため息をついていた。
「殿、桃慧様でございます。」
付き人の声に長秀は思わず「おぉっ」と声を上げ部屋を出て桃慧が待つ広間へ足早に進む
「やや、桃慧殿お待ちしておりましたぞ、聞くところによれば浪人達や貧困者たちを使った畑は予想以上の成果を上げているとか、治安は回復しどんどん畑も拡張され大きな収益を期待できるそうな」
長秀は嬉しそうに話しながら桃慧のことを労う。
「丹羽様、勿体ないお言葉です。丹羽様のお力添えが無ければできないことでしたから」
長秀はうんうんと嬉しそうに桃慧の発言を喜び少し疲れて居そうな桃慧を心配する。
「すこし瘦せたのでは?良く寝ておるか?それに飯も口にしてるか?」
その口調は娘を心配する父親そのものである。
「いいえ、少し寝不足ですが何のことございません、ご心配していただき感謝いたします」
「そうか、もう少し人員の選抜は待ってくれ、宗庵殿と色々思案中でな...苦労をかける」
長秀は頭を下げると宗庵が広間へ入ってきた。
「長秀殿、桃慧殿遅くなりました。面目ない」
どっしりとした声が、蝉の声と相まって妙に心地よい
「宗庵殿よくぞここまで、どうぞお掛けください」長秀が宗庵の足元へふかふかの座布団を渡し3人は円を描くように向かい合って座る。
「いきなりですが始めさせていただきます。昨晩考えたモノが纏まりましてご報告いたします」
桃慧が二人に頭を下げ先に新たな枠組みについて話し始める。
「まず今の戦場において金創痍は前線に赴き負傷者を助け出す場面が多くこれでは治療に専念できずに治療の手段も限られてしまします。そのため新たな枠組みとしまして以下の流れを取りたいと思います」
そういうと桃慧はいくつかの昨晩考えた枠組みを整理しまとめた紙を見せ説明する。
①新たに救走班という少数の集団を編成する。
陣頭医・・・1名 (現場指揮・搬送判断・応急処置)
担ぎ手・・・2名1組×3 (搬送・止血)
荷駄係・・・2名 (荷車にて医療品・水の運搬)
以上9名1班編成 これを複数班整備し布陣する。
②救走班にて傷病見立てを行う
終期・・・死亡/心肺停止/死に際の者
急体・・・急ぎ搬送治療が必要なもの、もしくはそれに値するもの
傷体・・・搬送に悩む程度の者、急変の可能性がある者
健体・・・現地の治療で間に合うもの
以上の4段階
③後送するにあたり以下の診断紙を陣頭医が記し担ぎ手に渡す
応 答 【有/無】
傷/病 【頭/首/胴/腕手・左右/ 背/臀部/足・左右】
心 臓 【動/静/止】
息 【動/静/止】
出 血 【多/少/無】
③救走班により傷病見立後に、後送し医務衆本陣にて治療を行うもの
これにより救走班は前線に立つことを禁止とし第二線以後を活動範囲とし救助活動を行う。
自らの命を最優先とし危機を感じた場合速やかに荷を捨て撤収せよ
④担ぎ手は傷病者の傷病見立て後事前に決定した鉄笛と竹笛を鳴らし負傷人後送し、医務衆本陣へ笛の音で後送中の患者の容態を広報する。
基本の音は以下の通り
〇日
急体・・・鉄笛 短音3回
傷体・・・竹笛 長音1回
×日
急体・・・竹笛 短音2回 長音1回
傷体・・・鉄笛 長音2回
笛の音、回数、音の長さは事前の軍議にて決定する。
「以上の通り考えましたのでご報告いたします。」
桃慧は背筋を伸ばし手を膝に置く。
宗庵と長秀はうーんと腕を組みながら。
「大体の枠組みは分かった、然し運ぶのが大変ではないか?二人一組では輿や戸板で武者を運べないのではないのか?」
宗庵は顔をしかめながら桃慧へ問う。
桃慧は後ろから棒に布がまかれたものを前に出し広げて見せる。
「今日の未明に思いつき作成しました。負傷人床とでも言いましょうか....」目を泳がせ恐る恐る見せる
※現代の担架のようなもの
「これはいったい?持ち手は輿に似てるが....」
長秀は持ち手を触りモノを確かめる。
「材料は丈夫な棒を二本、長さは6尺(約180cm)×横幅2尺半(約75cm)、麻布を3重に縫い合わせ、麻ひもで縛り上げたものです。」
桃慧はもじもじと自作の負傷人床を紹介する。
「ほう、これで鎧武者が運べるのか?これなら作るのも簡素で多く作れる上、意外に軽く疲れも少ない、いいのではないか?」
長秀が興奮気味に話すと宗庵へ意見を求める。
「確かにこの軽さなら疲れも少なく、二人で運べ、先ほどのように巻いていれば一度に多く運べる、兵站への負荷が少ない、よいではないか!実際に乗って確かめてみよう」
宗庵がそういうと長秀は屋敷の前で警備をしている鎧足軽を呼ぶと負傷人床へのせ長秀と宗庵は持ち手を持ち、そのまま持ち上げた。
ふたりは「おぉ!」と歓声を上げ、鎧足軽は最初は心配していたが麻布を重ねて縫っているため温かく以外にも寝心地がいいのか包まれ幸せそうな顔をしている。
「桃慧!これならいけるぞ!良いものだ!」
宗庵が弾ける笑顔で褒め称え続ける。
「さすがです桃慧殿、ところでこんなものを一晩で良く思いつきましたな!」
長秀が禁断の質問を桃慧にかける。
「あ、あの....私もすごく悩んだんです.....でも見ちゃったんです。門兵さんたちが持ってる旗槍を.....」
桃慧はボソボソと話すと長秀や宗庵は「まさかそんなものから!」と驚いていた。
「旗槍を....二つ並べたら......できちゃいました......あんなに悩んだのに」
がっくりと肩を落とす桃慧に長秀や宗庵もいたたまれなくなる。
「桃慧殿、でもこれはとてもいいものです!物凄く手にも馴染む!まるで本当に槍を握っているような」
柄の部分に掘られた木瓜紋、固まる長秀
「桃慧殿?これは.......まさか......」
長秀はカタカタと震えながら桃慧を問いただす。
桃慧は黙って顔を背け宗庵の陰に隠れて小さくなってしまった。




