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労働力

軍議の翌日、丹羽長秀(にわながひで)の指揮のもと桃慧は褒美(ほうび)の屋敷の下見に来ていた。



昨日までは織田軍の家臣用の宿泊屋敷として使われていたその屋敷は大手口(おおてぐち)の直ぐ向かい側に位置しており裏手には馬や荷車(にぐるま)を止めておく広場があり風通しも日当たりも良い場所であった。


直ぐに城より荷車が着き桃慧への褒美の金子と生活で必要なものが運び込まれる。



桃慧(とうけい)は屋敷に入り間取(まど)りを確認する。



「さすが家臣の皆さまがお泊りになられるお屋敷ですね、広く美しく素晴らしいお屋敷です、このような立派なものをいただいて本当によろしいのでしょうか?」



「殿は述べられておりました。桃慧様は先日の敗戦を帳消しにする程の逸材(いつざい)だと。これからの活躍にとても期待をしておられます。」



長秀はニコニコと笑みを(こぼ)しながら桃慧へ話しながら屋敷をともに見て回り、診療所として改装が必要箇所と必要な物資を確認し城へ戻った。



その後長秀の部下たちが桃慧の元を訪れ薬草畑と飢饉対策の小麦や蕎麦を植える農地の確認へ向かった。


岐阜城より南東へ数キロ、木曽川が見える荒地、ここを農地として開墾(かいこん)し織田家指導での農地とするとのこと。


「確かにこの場でしたら薬草の栽培に適していると思います。それに小麦や蕎麦、それに芋などもしっかりと育つでしょう」

桃慧は長秀の部下たちへ昨夜まとめた植える薬草と必要量を計算した農地計画の大まかな要望書を手渡し屋敷への帰路へ着いた。


帰路の途中、道端に座り込む乞食(こじき)や、戦でだろうか?片腕を失った男、子供を背負いあやしながら貧しい生活を送る母親の姿を見送りながら思いにふけった。


城下の(にぎ)やかな市場や座などとは違い少し郊外(こうがい)に出るとそういった者たちが目についた。

比較的治安が良いとされる織田領内、しかし彼らが居ない国など無いのである。


屋敷に戻ると城へ戻っていた長秀が大工を早速連れて屋敷の改築(かいちく)を命令していた。

「桃慧殿、薬草畑の予定地はいかがでした?昨晩良い土地を探して選んでみたのです。」


「丹羽様、大変すばらしい土地だと思いました、感謝いたします。それと畑についてのご相談がございます」桃慧は真剣な眼差しで秀長へ話しかける。


「ふむ、話を聞きましょう。」

長秀は大工たちへ指示書を渡し、桃慧の元へ歩み寄る。



「畑に動員します農夫たちの件でございますが、先ほど郊外を周りまして戦で負傷し手足を失った者たちや、夫を失った貧しい母親、行き場のない乞食たちが多くおりました。彼らを薬草と飢饉対策(ききんたいさく)の作物を育てる畑への労働力とするのは如何でしょう?」



「....動けぬ者や貧しい者たちを?」

長秀は目を細め鋭く見つめる。



桃慧は少し身を乗り出して言葉を続けた。

「彼らは今、路地や野で行き場もなく死を待つばかり、食べるものにも困り野垂れ死ねば、疫病(えきびょう)の原因にもなりかねます。彼らに(くわ)を持たせ、片腕がない者には筆を持たせ管理を担当させ労働力と成せば、忙しい時期の農夫たちの負担軽減にもなりますし新たな戦場を支える労働力にもなります」


長秀は黙って腕を組み、じっと桃慧を見つめた。

命を救うために(おもむ)いた少女が今度は内政面で生じる問題へも理解を示しているのだ。


「つまり。傷病兵や浮浪のものをまとめ織田家のために働かせる......そう言う事と?」


「はい、薬草は医務衆へは必要不可欠なものです。芋や小麦、蕎麦は冷害にも強く飢饉の対策にも役割を果たしますので彼らを使わぬは宝の持ち腐れになるかと」


長秀は目を閉じ腕を組み考える。

「確かに戦で浮浪者(ふろうしゃ)傷病兵(しょうびょうへい)は増えておる。もちろん貧しい女や親を亡くした子供も多くいる。彼らを力にできるなら戦後補償を(まかな)うどころか織田家の為にさらなる力となるか、浮浪者が少なくなれば治安の維持にもつながり疫病を防ぐことにもなる......なるほど」



桃慧はコクリと頷いた。

「はい、朝と夕に飯や粥を与えるだけでも彼らは働いてくれます。少々心苦しいですが毎日確実に食事を得られるという安心は織田家への忠誠にもつながります。」


しばらく沈黙したのち長秀はニヤリと口角を上げた。

「......面白そうだ、よし、殿に取り次ます。労力は多いことに越したことはない」


桃慧の瞳がパァっと明るくなる。

「ありがとうございます、丹羽様」


「よいよい、今は一人でも多くの力が欲しいのだ、其方(そなた)は明日までに負傷者を受け入れることができるように準備を致せ、(それがし)は殿よりそなたのことを最優先で任されて居る故、気になさらず勤めを果たしてくれ」


そういうと部下たちを引き連れ再び城の方へ歩いていく長秀。




—――――殿、長秀様がお越しです。何やら桃慧様について早急にお耳に通したいことがあると。




金糸(きんし)を織り込んだ直垂(ひたたれ)に身を包んだ信長が優雅に座へ進む。

「おぉ、米五郎左、何用だ」


信長は小姓を下げ二人きりになり話す。


「はっ、桃慧様は殿からの褒美、大変喜んでおられました。特に屋敷の造りには目を輝かせて歓喜しておりました。」


「おぉ、そうか!それは良かった。で、本題はなんだ?」


信長はゆったりと座りニコニコと笑いながら髭をいじる。


「桃慧様の提案、殿直々の薬草畑と芋や蕎麦、小麦畑の耕作許可誠にありがとうございます。」


「よいよい、当家未来への出資じゃあの娘は先見の明がある」

扇を開き上機嫌な信長


「畑の耕作に農民たちを動員する計画でございましたがそれでは農民たち自身の田畑の耕作に支障をきたしてしまうとの課題がございましたが、それを補う優良な提案を桃慧様より受けましたので、その報告とご許可を...と」

長秀は(こうべ)()れる。


「それでその提案とはなんだ?」

信長は身を乗り出し耳を傾ける。


「はっ、領内に居る浪人や傷病兵崩れ、乞食や戦にて夫や家族を失った子供や女子たちを動員したいと。彼らに朝夕飯や粥と汁ものを出し働かせたいとのご提案です。」


「ほう、その利点は?」信長は厳しい目つきで長秀を見つめる。


「一に、治安の維持、今挙げた者達が野盗や犯罪に手を染めるのを防ぐため。」


「二に、腕や足を失った傷病者たちは仕事が無く、乞食になることが多く当家の為に働いた上で無残な将来を待つだけの身、それを防ぎ畑や収穫品の管理職として雇い労働力にすれば食い扶持に困ることなく織田家としましても忠義に厚い者たちを失うことが無くなります。」


「三に先ほど述べた通り農民たちの負担を減らしつつ労働力と食糧医薬品を増産できる点は大いに利があるかと思います。」


信長は思わず込上げてくる来る笑いを押さえることができなくなり豪快に笑い始めた。


「よいではないか!実に良い、こちらは飯と金を少し出せば大きな利が生まれ損することがない........直ぐにとりかかれ!余の命じゃ!すぐさま取り掛かれ!手続きなどは後でよい!」


「感謝いたします、必要な物資や手続きはこれより行います」


「うむ、余のお墨付(おすみ)きじゃ、遠慮なく申せ」


長秀はワクワクした様子で信長の謁見(えっけん)を終え、部下たちに指示を飛ばし直ぐに準備に取り掛かった。


—―――――二週間後


初夏の陽が照りつける。

新たに始まった織田家直営の畑には、戦や飢えで行き場を失った者たちが次々と集められていた。


傷病兵の中には片腕を失った者、脚を失った者、目を失った者も多い。

彼らは一様に不安な面持ちで鍬や縄を手にしていたが、桃慧はひとりひとりの身体の様子を見て、落ち着いた声で仕事を割り振っていった。


「まず病や体力に不安のある方は事前に私の方へお知らせください。皆様に適したお仕事を用意してありますので安心して正直にお話ししてくださいね、治る病か判別し無料で治療も致しますので」


「腕を失った方は、畑の測量と薬草や穀物の植え付け区画の管理をお願いしたいのです。そして、どれだけ育ったか、収穫量の記録も」


戦場では使えぬと捨てられた兵が、桃慧の言葉に戸惑いながらも頷いた。

彼らの眼に、少しずつ光が戻っていく。


「脚を失われた方々には、炊き出しと収穫物の管理、それから記録の役を。畑で働く者たちの腹を支える、大切なお役目です」


脚を失った者たちは、最初は驚いた顔をしたが、次第に肩を張り、机の周りや帳簿の前へと移動していく。

「……俺たちにも、まだ出来ることがあるんだな」


さらに桃慧は、目の見えぬ者たちをそっと集めた。

「皆の身体を癒す按摩(あんま)の役をお願いできますか?疲れ果てた者たちの体を癒し、働けるようにする……とても大切な役目です。ほかに包帯を作るお仕事をお願いします。布を裂き丸める私の仕事の補佐をお願いしますね」


目の見えぬ男たちは頷き、深く頭を下げた。

戦で目を失い帰ったは良いものの、村や社会で否定的に仕事を奪われた彼らに、久しぶりに“役目”という言葉が与えられた瞬間だった。


一方で、五体満足な浪人や乞食、未亡人、子供たちは畑に鍬を入れ、汗だくになりながら畝を作り、種をまき、薬草を植えていく。

小さな手で鍬や鋤を使い泥や畝を掘る子供たちの姿を見て、傷病兵たちは黙って測量棒を立て、区画の縄を張った。


畑の一角で、これまでバラバラだった人々が、まるでひとつの軍勢のように役割を果たし始めていた。


最初は黙々と仕事をしていた彼らも段々と協力し夕方には笑い声が響くようになってきた。



足と希望を失っていた傷病兵達が必死に作った粥とみそ汁の匂いが辺りを包む。


「おーーーい!飯の時間だぞーーー!」


子供たちがわーっと走り出し、今日の飯にも困ってた貧困者たちは「本当に飯が出されるのか!」と歓喜の声を上げ炊き出しの列に並ぶ。


「皆さん、ご飯の前にこちらで手を洗ってくださいね、けがをした者は私の元へ。休憩場所には按摩さんもいますので是非お声がけしてくださいね!」




桃慧は後のことを長秀の部下の人たちに任せ診療所へ急いだ。

なぜなら疥癬(かいせん)を患うものが居たからだ。


診療所へ運ばれた者たちが数名、彼らは労働組から分けられ、また差別をされるのかと絶望の表情をしながら診療所の一室で座っていた。


その人々に桃慧は落ち着いた声で語り始めた。

「疥癬というのは、(けが)れでも呪いでも神罰(しんばつ)でもありません。人から人へ移る虫によって起きる皮膚の病です。皮膚の下に小さな虫が潜み、痒みを起こすだけの事。覆っておけば皆さんのように病が広がってしますのです。安心してください、湯で体を清め薬を塗れば必ず治る病です。私を信用してください」


治療を見守るのは宗庵、長秀と長秀の数人の部下たち。

これまで「神の(たた)り」や「不浄(ふじょう)の証」などと(さげす)まれ村八分など彼らは非道(ひどう)な扱いを受けてきたのだ。


不安そうな彼らに桃慧は話を続ける。


「先週私が保護しました疥癬にかかり行き倒れていた方がいらっしゃいます。どうぞ見てください」

すると桃慧は部屋を出て入院していた一人の男を連れてきその肌を見せたのだ。


「見てください、この者は先週まで皆さんと同じ姿でした。今はどうですか?」

彼の肌は少し赤みががったところもあるが奇麗な肌を取り戻しその表情も明るかった。


宗庵が驚きの声を上げる。

「......そんな、その男が疥癬の患者だと?ほ、本当に治っておる.....」

宗庵は男の腕を撫で確かめる。




「皆さん、私を信じていただけますか?」

桃慧が問うと疥癬を患った者たちは目に希望の(ほのお)を灯し頭を下げて治療を懇願(こんがん)した。


「ともに頑張りましょう、お名前は?」

疥癬を患っていた中で最も症状がひどく年老いた男は細々とした声で「....松吉(しょうきち)だ」とささやいた。

松吉は疥癬を患い村から追い出され乞食(こじき)となっていた。


「松吉様、ともに頑張りましょうね」

桃慧は笑顔で松吉の手を握った、恥ずかしそうに身をかがめたが桃慧は優しく風呂場へ案内した。


「さぁ、温かい湯に身を沈めてください。薬草と灰汁を混ぜた薬湯です。虫は熱と薬効で弱り、菜種(なたね)油と灰汁で作った石鹸の泡で流れます。」


桃慧は松吉の体を丁寧に洗い流して行く。爪の先や指の間まで泡をいきわたらせ、数度湯を入れ替えながら体を手ぬぐいで優しく擦る。



「まだですよ、少し体を見ますね............膿んでる箇所は...大丈夫ですね、それでは薬を塗ります。」

桃慧は軟膏(なんこう)疥癬(かいせん)が入った壺を開けると指で掬い松吉の体に塗り始めた。


「これはユキノシタとドクダミという薬草を煎じ松脂を混ぜた薬です。肌を柔らかくし、虫を殺します。傷もこの軟膏で治りますよ」

桃慧は軟膏を全身に素早く塗り込むとすると痒みがみるみる引いていくのを感じたのか次第に安堵(あんど)の表情を見せた。


「.......痒みが消えた」

かすれた声で松吉が呟くと治療を見ていた宗庵や秀長やほかの疥癬を患った者たちが驚きの声を上げる。


「疥癬は治る病ということがわかりましたか?手をかけ、湯と薬で簡単に治るのですよ」

桃慧は振り返り観覧者たちへ笑顔で問いかけた。


そういうと残る二人の患者にも同じ治療を施し診療所の入院部屋を案内しそれぞれ新しい清潔な服と寝床を提供した。


数日後、桃慧の日々の丁寧な治療が実を結び、松吉を含めた者たちは艶やかな肌を取り戻し診療所を堂々去って畑へ向かった。


完治以来毎日松吉は誰よりも早く畑に出て鍬を振るい、汗を流して働いた。


「お嬢!」桃慧の姿を見ると松吉は笑いながら大きく手を振る

「お嬢のおかげでまたバリバリと働ける!飯も食える!お天道様が最高に気持ちいいな!」

その笑顔は血色を取り戻し若々しく輝いていた。

笑顔で声を掛け合い働く松吉の姿は周囲の人々の心を打った。



以後、疥癬は「治る病」として広まり、かつて忌み嫌われた病は、人々の偏見(へんけん)と共に姿を消していったのだ。

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