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織田家の柱達

外は昼が過ぎ日が傾き始め日の温かさが、むしろしつこさのように感じる頃

シーンと静まる御殿の一室、信長が頷きながら声を上げる。。


「よし決めた、桃慧(とうけい)、そなたを我が直臣(じきしん)として取り立てる。我を毒から守り、兵と民を救え。そのため3つの誓いをせよ」


信長は指を3本立て、桃慧を見つめる


「1つ、その医術、他言するべからず。その医術と知識は桃慧だけのもの。他に漏れたら余の脅威(きょうい)となるやもしれなぬ」


桃慧は静かに(うなず)いた。


「2つ、宗庵や余の家臣団(かしんだん)と共にこの世に類なき医務衆(いむしゅう)を作れ、余の兵を生かし被害を減らせ」


宗庵(そうあん)と桃慧はともに頷く。


信長は一層真剣な表情で重々しく口を開いた。


「3つ、その医術さらに進歩させよ、人が必要なら罪人(ざいにん)でも虜囚(りょしゅう)でも構わぬ、連れ去ってきた敵兵でもよい、それらを使い医術を導け、不足なら余に述べよ。準備致そう。」


「う、上様それはあまりにっ」


宗庵が非情な要求に思わず口が出る


「承知いたしました。上様のご期待に応えられるよう身を粉にして働きます。」


桃慧の淡々とした態度と、信長の満足げに頷く姿に宗庵は口を挟むことができなくなってしまった。


「ふふふ.....はははははっ!その胆力(たんりょく)、その気概(きがい)、誠に良い娘よ、織田家に輿入(こしいれ)れさせたいと思う程よ」


「う、上様!誠でございますか!?」

宗庵が慌てて信長へ確認する。


「たわけ、それでは桃慧の(さい)を潰すだけではないか」


宗庵はほっと胸をなでおろすと信長は桃慧の鋭くまっすぐな目を見て「うむ、よい目じゃ、付いてこい、これより軍議(ぐんぎ)がある故、軍議の後新たな指示を出そう。」信長はよいしょと膝を構え立ち上がると部屋を出、供廻(ともまわ)りを連れ城へと上がる。





「桃慧はここでしばし待て」信長は桃慧を城内の金の(にわとり)(ふすま)に描かれた一室に待たせ、宗庵と共に軍議へと向かった。





軍議は長島攻めの敗戦についての報告と叱責(しっせき)が一段落し、広間に沈黙が落ちる。

信長はしばし目を閉じていたが、やがて突如として顔を上げ、扇を打ち鳴らした。



「そろそろよいな。お蘭、人を呼べ」

信長は廊下で待機する小姓(こしょう)へ命をとばす。

小姓が慌てて(ふすま)を開き進み出る。

「はっ、どなたを……」


信長は笑みを浮かべて言い放った。

金鶏(きんけい)の間に待たせておる桃慧よ!余が見つけ出した宝だ!ここへ通せ!」


ざわめきが広間に広がった。

「桃慧……?」

「先の退き口で兵を救ったというあの娘か……?」

「まさか軍議に女子(おなご)を呼ぶとは……」


「上様、桃慧様をお連れいたしました」


「おぉ、よいぞ!通せ」


襖が開き、静かに一人の少女が現れた。

まだ顔に幼さが残り、額より見える艶やかな黒髪は布帛(ふはく)に包まれ、(つつ)ましい足取りで信長の前に進み出て深く(こうべ)を垂れる。


信長は立ち上がり、まるで敵将を自らの手で討ち取ったかのように、声を張った。



「見よ! この娘、名を桃慧という。(よわい)十五にして、退()(ぐち)において倒れ伏した兵を次々と救い、命を繋ぎ止め余の本陣の被害を減らしつつ、その手腕で負傷者たちを統制(とうせい)し動けぬ者までも本陣に遅れることなく見事に退かせた。そのうえ鬼柴田の鉄砲傷を縫い合わせ、再び槍を握らせたのも、この娘の手だ!」



広間にざわめきが走る。

すると織田家宿老柴田勝家は胸を張り、力強く頷いた。

「間違いござらぬ! 某がここに立っておるのは、この桃慧殿のおかげぞ!」



信長はさらに続けた。

「兵の死は金銀を費やし、軍と国の力を削ぐ。だが、この娘の術があれば死すべき者が生き、軍は強く、国は富む。刀槍千振(かたなやりせんふ)りを得るより、この一人を得たことの方が余には価値がある!」


その熱のこもった言葉に、家臣たちは思わず互いに顔を見合わせた。

信長がこれほどまでに一人を誉めそやす姿は、誰も見たことがなかったからだ。


やがて信長は桃慧に目を向け、(おうぎ)を軽く突き出した。


「桃慧。ここに居並ぶは我が織田の忠臣、織田家の柱たちぞ。まずは挨拶だ!これより余の直臣として彼らと肩を並べる。挨拶をいたせ!」


「じ、直臣!?」

「上様っ!?」


突拍子(とっぴょうし)もない発言に思わず家臣団の中から声が上がるが、信長はそれを睨み黙らせた。


広間に静寂が落ち、桃慧は小さく息を整え、前へ進み出た。布帛を脱ぎ長い黒髪を揺らしながら深々と頭を垂れ、澄んだ声で言葉を紡ぐ。



「…遥か東の奥州の地より参りました…上様よりありました通り、これより織田家にお仕えいたします、医僧の桃慧にございます。未熟の身ながら、ただ人の命を救うこと一つ、織田家へ(しん)を尽くす所存にございます。何卒、御導きくださいますようお願い申し上げます」


広間は静まり返り、その小さな声がかえって重く響いた。



家臣たちは一斉に深く頭を下げ、広間には何とも言えない奇妙な空気が場を支配した。



そんな空気の中、最初に口を開いたのは勝家だった。

豪快な声で堂々と宣言する。

「桃慧殿! その心意気、しかと聞き届けた!この柴田勝家、其方(そなた)を命の恩人と(あお)ぎ、今後は何があろうとも味方する。遠慮はいらぬ、存分に腕を振るわれよ!」


勝家の力強い言葉に、広間は再びざわめき、桃慧は少し頬を紅潮(こうちょう)させて頭を下げた。


その直後、木下秀吉(きのしたひでよし)(後の羽柴秀吉)がにやにやと前に進み出て、手をすり合わせるようにして言った。

「いやはや……この戦場では鬼と呼ばれる柴田様にここまで言わせるとは、まぁ大したもんですなぁ。

このような綺麗どころに救われると、鬼も一気に丸くなる……まるで乙女に恋する若武者のように!」


広間がどっと笑いに包まれる。


秀吉さらに調子に乗って続けた。

「それにしても、戦場でこれほどの綺麗どころに治療を受けられるとは……なんと贅沢な軍にございますな。これからは怪我人が倍に増えるやもしれませんぞ!」


「こら、猿めっ!」

勝家が顔を真っ赤にして立ち上がり、拳を振り上げる。

「言うに馬鹿げたことを!」


秀吉は慌てて後ずさり、両手を合わせて平謝(ひらあやま)り。

「へへっ、これは()(ごと)、戯れ言! 柴田様、あまりに真剣なお姿が面白うてつい……!」


その様子に信長は腹を抱えて大笑し、扇を畳に打ちつけて言った。

「ははは! 勝家は娘に弱く、猿は口に弱い。よい、これが我が家中の面白さよ!」


笑いの渦の中、桃慧は少し困ったように、それでも優しく微笑みながら頭を下げた。



信長はひたすら笑い終えた後に息を整え真剣な表情で語り始める。


「よいか、皆、しかと肝に銘じよ!桃慧を女子と(あなど)るでないぞ、長島の戦場へたった一人で乗り込み多くの命を一人で救った豪傑(ごうけつ)ぞ、余を前にしても(おのの)く事もなく只管(ひたすら)命を紡ぎ続けた。皆の命を救う最後の砦故、無礼な態度は余が許さん、この桃慧を持って皆には老いて立てなくなるまで余に仕えてもらうぞ」


そして桃慧に視線を据え、改めて声を響かせた。


「桃慧」


呼ばれた少女は静かに深く頭を下げた。


信長はゆっくりと立ち上がり、家臣団に向かって宣言した。

此度(このたび)の退き口において、数多の兵を救い、動けぬ者どもを従え被害を減らし、宿老勝家を怪我を癒し救い出したは申し分なき働きぞ!よって余は、この娘に褒美を与える」


家臣たちがざわめく中、信長は扇を振り上げて高らかに言い放つ。


「城下に小さな屋敷を与える、そして医を行う処とせよ。加えて、金子十貫(きんすじゅっかん)を下す。薬草を買い、器具を整えよ、足りねば申せ、余が補う!」


その宣言に、広間は一瞬静まり返り、すぐに感嘆の声が上がった。



柴田勝家が力強く頷き、藤吉郎は口元を緩め、「いやはや、大盤振る舞いですな」と(ささや)き、周囲を和ませた。



桃慧は畏れ多さに小さく震えながらも、真っ直ぐに言葉を返した。

「……恐れ入ります。身に余る大恩、必ずやこの恩義以上の務めにてお返しいたします」



信長は満足げに笑い、しばし桃慧を見つめたのち、扇を軽く振った。


「よい。桃慧、今日のところはこれで下がれ。余が余の家臣らに示すべきことは、もはや済んだ。疲れて居よう、まずは休め、そしてまた次の務めに備えよ」


「ははっ。」

桃慧は深く一礼し、静かに襖の向こうへと下がっていった。



その背を見送りながら、広間に残った家臣たちは、信長がいかに彼女を特別視しているかを改めて悟るのだった。


襖が閉じ、桃慧の姿が広間から消えた。

重苦しい静寂の中、柴田勝家が腕を組み、低く唸るように言葉を洩らした。


「……あの娘、よくよく見れば……お(いち)様に似ておられるな。」


広間がざわめく。


勝家の隣に座る丹羽長秀(にわながひで)もハッとしたかのように天井を見ながら

「……確かに。清らかな気配、凛とした眼差し、どこか柔らかな物腰……お市様を思い出しますな。」


池田恒興(いけだつねおき)もまた腕を撫でながら言葉を添える。

「お市様を間近に(はい)した折の記憶と重なります。黒髪の艶、整った顔立ち…何より愛らしくも芯のある瞳…誠に似ておられる。」



滝川一益(たきがわかずます)も小さく笑みをこぼした。

「なるほど……戦場にあれほどの娘が現れたこと自体が稀有(けう)であるのに、お市様に似るとは。これはまさに、織田に縁深き巡り合わせにございましょう。」


家臣たちが口々に同意し、広間には次第に「桃慧はお市様に似ている」という空気が広がっていった。


信長はしばし黙し、扇を閉じて静かに言葉を落とした。

「……市と似ておる、か............浅井長政(あざいながまさ)めぇっ!あの裏切り者め!どれほどの信義(しんぎ)を持って市を嫁がせたか!それを()(にじ)朝倉(あさくら)(かば)い余を裏切ったか!」



その目には烈火(れっか)の如き憤怒(ふんぬ)に燃え家臣たちは口を閉ざす他無かった。


息を荒げた信長は一度深く息を吸い、パンっと扇を鳴らし口を開く。


「桃慧は桃慧、市と似ていようが桃慧は桃慧じゃ、いずれ浅井には裏切り、そして金ヶ崎の鬱憤(うっぷん)をその身をもって晴らしてやろうぞ。...............可成(よしなり)や弟の信治(のぶはる)の仇も討たねば成らぬしな」


しみじみと信長が口にした可成とは、昨年(1570年)大坂の岩山心願時が蜂起した際、討伐に出た信長率いる軍は、背後より浅井・朝倉連合軍が信長軍の背を討たん進撃してきた際に、宇佐山城(うさやまじょう)へ浅井・朝倉軍をにて少ない手勢(てぜい)で時を稼ぎ、その身をもって盾となり信長軍を守り散った森可成(もりよしなり)の事である。

可成は信長がうつけと蔑まれていた時より信長を支え、柴田勝家よりも古くから信長に仕え、槍の名手、攻めの三佐とも呼ばれた猛将であり、信長の友とも呼べる間柄だった。



勝家を始め、諸将(しょしょう)項垂(うなだ)れ、場の空気は凍りついていた。



その沈黙を破ったのは、丹羽長秀であった。

彼は深く頭を垂れたまま、慎重に、しかし穏やかな声で口を開いた。


「……御意(ぎょい)にございます、殿。市様は市様、桃慧殿は桃慧殿。浅井の裏切りと、この娘の功とは、何の交わりもございませぬ。」


信長の鋭い眼が長秀を射抜いた。

だが長秀は動じず、言葉を重ねる。


此度(このたび)の戦において、桃慧殿が兵を救った功は疑うべくもございませぬ。

殿が直臣とされたこと、我らもしかと心得(こころえ)ました。

……どうか、この場ではその功を称え、後の策を進めることこそ肝要(かんよう)かと。」


広間に漂っていた緊張が、少しずつ解けていく。

勝家も深く頭を下げ、藤吉郎も静かに頷いた。


信長は荒い息をひとつ吐き、やがて扇を閉じた。

「……ふん。長秀、余の心を(いさ)めたか。」


長秀は頭を垂れたまま、静かに答える。

「恐れながら、殿のお心を正しく広めるためにございます。」


しばしの沈黙ののち、信長は笑い、広間に響かせた。

「ははは! やはり五郎左(ごろうざ)は余の器量(きりょう)を補う男よ!よい、市のことはここで断ち切る。市のことは市、桃慧は桃慧だ!」



家臣たちは一斉に「ははっ」と声を揃え、再び場が落ち着きを取り戻した。



「さて、これ以上、桃慧の話に(ふけ)るわけにもいかぬ。戦は終わったが、戦の後こそ大事ぞ。」


家臣たちが息を整え、膝を正す。


信長は低く、しかし明確に言葉を継いだ。

「長島の一戦は、余にとっても痛恨よ。兵の多くを失い、将をも落とした……。だが、敗けた以上はただちに立ち直らねばならぬ。」


佐久間信盛(さくまのぶもり)は深く頭を垂れたまま、苦渋の表情を隠さぬ。

信長はその姿を一瞥(いちべつ)したが、叱責はせず、全軍に向けて声を響かせた。


「今後は各地で守りを固めよ。浅井・朝倉を侮るな、比叡山の僧徒も油断ならぬ。勝家は北陸の備えを怠るな。長秀は兵糧と兵の立て直し、城下の政も管掌(かんしょう)せよ。光秀は近江の情報を絶やさず余に届けよ。滝川は伊勢の情勢を探り、兵を動かす下地(したじ)を作れ。」


一人ひとりに明確な指示が飛ぶ。家臣たちは一斉に「ははっ!」と頭を垂れた。


信長はさらに続ける。

「そして……戦死者の家には褒美を与えよ。遺恨を残すな。生き残った兵は早く立ち直らせよ。軍の練度を落とすことは許さん。」


丹羽長秀が筆を走らせ、指示を記録していく。


信長は扇を閉じ、重々しい声で締め括った。

「敗北は余を止めぬ。むしろ余を強くする。この痛みを糧とし、次は必ずや、敵を根絶やしにしてみせる!」


広間に響いたその声は、怒号ではなく冷徹(れいてつ)な決意の響きだった。

家臣たちは一斉に膝をつき、その言葉を全身で受け止め各々の仕事を成すため広間を後にした。



家臣たちが席を立ち慌ただしい空気は落ち着きを見せ始めたころ信長は丹羽長秀を呼び止めた。


「長秀、残れ。」

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