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漸進!全霊!全力出陣!伊勢長島!

曲直瀬道三(まなせどうさん)との話し合いから既に2週間ほどが過ぎた四月末、桜は見ごろを迎え散り始めていた。

春の温かさ、土の香り、鳥たちが青空を我が物顔で駆け巡る。

虫たちも鮮やかに咲く花々に乱舞し生き生きと世界が流れていく。


医務衆は戦への準備を継続しつつ、日々訓練と治療に明け暮れていた。

その最中不穏な報告が入るのだった。



岐阜城、軍議の間。

障子越しに射す日の光は柔らかいが、座に満ちる空気は張り詰めていた。


伊勢長島より届いた早馬の報が、すでに重臣たちの胸をざわつかせている。


「一向一揆どもが、また乱取りを始めました」


使者の声が落ちると同時に、信長の目が細くなる。

「……懲りぬ連中よ」

低く、しかし鋭い声だった。


一向宗勢力。

戦と称しては民を扇動し、略奪と放火を繰り返し、仏の名を盾に刃を振るう者ども。

信長にとって、それは単なる敵ではない。

秩序を喰らい、理を否定する存在だった。


「武を振るうなら武として立て。だが、信仰を盾に人を殺す……それを余は許さぬ」

信長は立ち上がり、座を睥睨(へいげい)する。


「※一益(かずます)」


「はっ」


「六千の兵を率いて伊勢長島へ赴け。小競り合いで済ませるな。叩くなら徹底せよ。我が民への狼藉は絶対に許すな。」

一益が頭を垂れる。


※滝川一益(たきがわかずます)は、織田信長の側近として実務と軍事の両面に優れた武将である。冷静沈着で寡黙、感情を表に出さず、命令遂行を最優先する合理主義者だった。伊勢・関東方面の統治や北条氏との交渉を任されるなど、信長からの信頼は厚い。一方で柔軟性に欠ける面もあり、その忠義と実直さは生涯揺らがなかった。


だが、信長はそこで言葉を切らなかった。

「そして」


続く言葉に家臣一同は息を呑んだ。


「桃慧」


「はっ。」

歴戦の猛将たちの一番端、列の一番後ろで小さくなっていた桃慧は驚いたように声を上げる。


「医務衆を出す」


その言葉に、座が一瞬、静まり返る。


「一向一揆との戦は、血を流す。必ずだ。ならば、救いも同時に走らせる」


信長の声は冷静だった。


「ただし、一向一揆勢や民たちへの慈悲、そして兵たちへの慈悲でもない」


家臣たちが息を呑む。


「訓練だ」


信長ははっきりと言い切った。

「実際の人間を相手にせよ。矢を受け、槍に裂かれ、焼かれた者を救え。戦場という現実の中で、医を鍛え上げよ」


非情とも取れる言葉。


だが、その裏にあるのは、次に来る大戦への備えだった。

浅井朝倉。

武田。

将軍家や本願寺などの織田包囲網。


——次は、もっと多くの血が流れる。


その時、救いが間に合わねば、意味がない。


「権六(ごんろく)」※柴田勝家(しばたかついえ)


「はっ」


「医務衆の護衛を任せる」


その瞬間、勝家の眉がわずかに動いた。


「……どれほどの兵をお付けすれば」


信長は一拍置き、答える。

「任せる」


その一言で、すべてが決まった。


勝家は深く頭を下げる。

「……承りました」


顔を上げた勝家の表情は、武将としての冷静さを保ちながらも、どこか決意が、静かに燃えていた。


(また、あの娘を戦場へ出すことになるか)


伊勢長島。

あの地で、自分は死にかけた。

血にまみれ、視界が暗くなり、終わりを覚悟したとき小さな影が、命を引き戻した。


(今度は、俺が守る番だ)


勝家は心中でそう呟く。


そして、一歩進み出て言った。

「三百。いや……四百、※光治!我が軍より五百の精兵を用意せよ」


※不破光治(ふばみつはる) 勝家の与力(よりき)の一人で猛将


「多すぎるのでは……」


だが、勝家は即座に遮った。

「足りぬよりは良い」

その声は低く、揺るぎなかった。


「医務衆は城だ。城を守るのに、兵を惜(お)しむ理由があるか」

信長は、その言葉を聞いて一瞬だけ、口元を緩めた。


「……相変わらず、不器用な男よ」

そう呟き、しかし確かに、信を置いた。


こうして決まった、伊勢長島仕置き。

滝川一益が率いる六千。柴田勝家率いる5百の精兵

そして――医務衆三百五十名、初の全力実戦投入。

それは、血と救いが同時に走る、新しい戦の始まりだった。


そして滝川一益は思った。

”少数の不埒(ふらち)共の仕置きなら柴田様の兵で足りるのではないかと”






軍議が終わり勝家が背を向けかけた、その時だった。

「……柴田様」

呼び止める声は、いつもより少しだけ、柔らかかった。

勝家は足を止めるが、振り返らない。


桃慧は一歩前に出て、正面に立ちはっきりと告げた。

「比叡山の折も……統率を欠いた明智勢から、私たちを庇(かば)ってくださいましたね」


勝家の肩が、わずかに動く。

「あの時、医務衆は戦ではなく、ただ命を拾い続けていました。……それを守る者は、ほとんどおりませんでした」


声は静かだが、確かな重みがあった。


「柴田様は、あの混乱の中で、“ここは任せよ”と、はっきり線を引いてくださった」

勝家は、低く鼻を鳴らした。


「……当然のことだ」


「いいえ」

桃慧は、即座に否定した。


「戦場で“当然”を貫くことが、どれほど難しいか。私は、あの時、初めて知りました」

一瞬、風が吹き、木漏れ日が揺れる。

「比叡山でも、近江でも....」


桃慧は、まっすぐに勝家を見つめた。


「柴田様が後ろにいてくださると思うだけで、私は、安心して前を向けます」


それは、医務衆筆頭としての言葉であると同時に、

十五の少女の、偽りのない心からの言葉だった。


「……よろしくお願いいたします。」


深く、深く、頭を下げる。

勝家は、しばらく黙っていた。


やがて、照れ隠しのように、ぶっきらぼうに言う。


「……やめろ。そんな顔で礼を言われると、調子が狂う」

だが、その声には、隠しきれぬ温かさがあった。


「俺はな、血の気の多い連中の中で生きてきた」


ゆっくりと振り返り、桃慧を見る。

「だからこそ分かる。お前たちみたいなのが、戦場に必要だということが」


勝家は兜(かぶと)を抱え直し、低く言った。

「安心しろ。比叡山でも、伊勢でも、そしてこれからも」


「俺が、お前たちの盾になる」


桃慧は、胸の奥に温かいものが満ちていくのを感じた。

それは信仰でも、忠義でもない。


“守られている”という、確かな実感だった。


「……はい」

その返事は、驚くほど、穏やかだった。





伊勢長島の地は、湿り気を帯びた低地と川筋が絡み合い、戦場としては厄介極まりない場所であった。

川

は多く、土は柔らかく、退路を誤れば溺れ、


足を取られればそのまま命を落とす。


だからこそ、一向一揆が巣食った。


滝川一益の軍勢が先着し、河岸を押さえ、堤を背に本陣を敷いていた。

その少し後方、土埃を抑えながら進んできた一団がある。


医務衆であった。

荷駄車には担架、薬箱、水桶、煮沸用の釜、食料、医具、水、酒。

戦のための車ではないが、戦が始まれば最も必要とされる“命のための陣”。


桃慧は周囲を見渡した。


湿地。


川風。


矢が飛び交えば、最初に崩れるのはこの地形だ。

そこへ、重い足音とともに柴田勝家が並ぶ。

「……ここを、よく見ておけ」

勝家は指を伸ばし、前線を示した。


「滝川勢は、あの林を抜けて当たる。正面衝突だ。だが、数的優勢故負傷者は前からは来ん」

桃慧は、即座に頷く。


「側面、もしくは退き口ですね」


「そうだ、一向宗の得意技で林に伏し隠れ、矢や鉄砲を射かけてくる。すれば負傷者が出るのはそこだ」


「通りがかりとはいえこれでも一向の元医僧ですので何となくわかります、そしてその者たちが逃げ隠れるのはあの村の近くと言う事ですね。」


勝家はわずかに目を細めた。

「戦は、押している時より、崩れかけた時に人が死ぬ」

彼は地面に膝をつき、剣の鞘で土をならしながら線を引いた。


「この少し高い土手。川から一段上だ。矢は届きにくく、泥にも足を取られん」

桃慧はその線を見つめ、静かに息を呑んだ。


「……ここなら、運び込まれた者を落ち着いて診られます」


「そうだ」


勝家は立ち上がる。

「前に出すぎれば、戦の邪魔になる。下がりすぎれば、助けられる命を逃す」

そして、はっきりと言った。

「この位置が、命を拾う者の立つ場所だ」


桃慧は深く一礼した。


「ありがとうございます。戦を知らぬ者では、決して選べぬ場所です」


「だから俺がいる」

勝家は、こともなげに言った。


やがて勝家は配下に短く命じる。


「この線を囲め。槍三列、弓後列。医務衆の陣だ。崩すな。物見を出すことも怠るな」

兵たちは一瞬驚いたが、すぐに動いた。


槍が立ち、盾が並び、

医務衆の陣は、いつの間にか戦場の中にありながら、戦場から切り離された空間となる。


桃慧は、その光景を静かに見つめた。


比叡山でも。

伊勢長島でも。

柴田勝家は、同じことをしている。

命を救う場に、戦を持ち込ませない。


「柴田様」

桃慧が声をかける。


「この陣……守り過ぎではありませんか?」


勝家は鼻で笑った。

「馬鹿を言え」


「もしここが崩れれば、次に崩れるのは、滝川の陣だ」

そして、低く続けた。


「医者が死ねば、兵は無茶をする。無茶をすれば、軍は負ける。それに信長様より受けた医務衆を守れとの命(めい)は命(いのち)に代えても守らねばな」

それは、武将としての理であり、


同時に、桃慧の医の理とも重なっていた。


桃慧は静かに頷く。

「……承知しました」


「好きにやれ」


勝家は背を向け、兜を被る。

「ここは俺が預かる。お前は、命だけを見ろ」

戦が始まろうとしていた。


1572年5月上旬某日.....午前8時頃

戦は、まだ本格的には始まっていなかった。

矢が交わり、鬨(とき)の声が遠くでぶつかり合い、湿った地を踏み鳴らす足音が、低く地鳴りのように響いている。


「矢合わせで終わればいいのですが」

一向一揆衆の数は約二千。正面の数では圧倒的に滝川軍が優勢であった。

川を挟み矢を放ち、鉄砲を撃ちかけ睨み合う。


そのときだった。

——ヒィィィィィ……!

澄んだ金属音が、伊勢長島の空気を切り裂いた。

長く、鋭く、そしてもう一度。

——ヒィィィィィ……!

三度目の音が鳴り終わる前に、


柴田勝家は息を呑んだ。

「……三声だと?」

重傷者搬送の合図。

「……来るぞ」


勝家がそう呟くより早く、

医務衆の陣が、生き物のように動いた。

笛の音が消えると同時に、

「止血準備、明かりを絶やすな」

「治療班、受け入れ準備!」

「湯を上げろ、煮沸釜を開け!荷駄車の薬を確認せよ」


号令ではない。

怒鳴り声でもない。

淡々とした声が、無駄なく、正確に連なっていく。

担架を持った者たちが走り出る。再び鉄笛が3度、竹笛が1度鳴る。

重傷者意識あり出血多 笛の音の情報を聞き取り盲目の報告員が叫ぶ


誰一人、周囲を見ない。

誰一人、戦の音に気を取られない。


——全員が「来る命」だけを見ている。

勝家は、思わず一歩前に出ていた。

(……なんだ、これは)

戦場で、兵士でもないもの達がこれほど整然とした動きをしているのを見たことがない。


そこへ、土手の向こうから駆け下りてくる影。

血に染まった兵が担架に載せられた若い足軽を運んでくる。


脚(あし)。脛(すね)が、ありえない方向へ折れ曲がっている。

血が、滴るどころではない。

流れている。

「意識あり!」

「呼吸あり! だが出血多量!」


「救走班ご苦労様でした、こちらへ」


「了解!」


「治療班、準備。脛部、開放骨折の可能性あり」


勝家の喉が、無意識に鳴った。

(一人に対して治療までの診断が早いな)


担架が置かれる前に、

もう次の指示が飛んでいる。

「布、裂いて。」

「はい」

「一綱、骨の位置を見ます。その間に血を止められますか?」

「お任せください!」


すでに処置の半分は終わっていた。


血は止まり、

叫び声は、短い呻きに変わる。

「骨を戻します、痛みますよ?この布を噛んでください、この後痛み止めを使うので一瞬だけ、共に頑張りましょうね。いきますよ。」


「んぐっ!んぎぃぃぃぃぃぃっ!」


露出していた骨が正しい位置に戻され、再度止血、麻の汁と酒の混合液を傷口に塗り縫合する。


勝家は、気づけば——


自分の陣ではなく、桃慧のすぐ背後に立っていた。


「……あの」

護衛の兵が戸惑って声をかける。

「柴田様、柴田様の陣へ——」


「黙れ」


勝家は、目を離さなかった。


「今は、ここだ、ここを見ずに帰れるものか」


彼の目に映っていたのは、

戦ではない。

命が、戻されていく光景だった。

(……あの時と、同じだ)


再度桃慧に初めて救われた時の記憶を思い出した。


桃慧は、血に染まった手を拭いながら、

ふと勝家に気づいた。

「……柴田様?」

「……気にするな」

勝家は短く答える。

「俺は、お前の将としての初陣を見ているだけだ」

その声は、武将のものではなかった。


——戦場で多くを失い、


それでもなお、生き残った者の声だった。

そして再び、鉄笛が鳴る。

——ヒィィィィィ……!

二声。


中等度負傷者。

医務衆は、迷いなく動いた。


勝家は、深く息を吐いた。

「……なるほど、信長様」


彼は、誰にともなく呟く。


「これは、武ではない。だが、誠に戦を変える力だ」

勝家はしみじみとそれを肌で実感した瞬間だった。




戦が始まり5時間程が経った。


笛の音が、止まらない。

——二声。

——三声。

——二声。

——三声。


伊勢長島の空は、いつの間にか濁っていた。


矢の羽音と叫び声、火の粉と土煙が混じり合い、


戦場と付近の村落の境(さかい)が、溶け落ちていく。


これまで運び込まれたのは兵だった。

次に来たのは、民だった。

「……女と子です!」

「逃げ遅れた村人だ!」


血に染まった着物。

斬られた腕、騎馬に踏まれたのだろうか、馬脚のように折れ曲がる足。


腹を押さえ、声も出せずに崩れ落ちる老人。


医務衆の陣が、揺らいだ。

「収容限界です!」

「人手が足りません!」

「湯が追いつかない!」


一瞬、誰かの顔に“恐怖”が走る。

三百五十名規模の医務衆。


それでも、同時に流れ込む命の数は——それを超えていた。


勝家は歯を食いしばった。

(……来たか)

戦とは、こういうものだ。

守ろうとすれば、溢れる。

救おうとすれば、選ばねばならぬ。

その中心で、桃慧は、立ち尽くさなかった。


「——治長」

「はい!」


「再度収容を三列に分けます。傷病見立てを改めます。竹札、木札、紙札」

その声は、震えていない。

「紙札は今すぐ処置すれば助かる者。木札は時間が許せば助かる者。竹は……」


一瞬、言葉が詰まる。


だが、桃慧は目を伏せない。

「今、私たちが手を出せば、他の命を奪う者です」


沈黙。


誰もが、その意味を理解した。

担架の上で、若い兵が呻いている。


腹部を深く裂かれ、臓(はらわた)が溢れ垂かけている。


「……桃慧様……」


一綱が、震える声で呼ぶ。

桃慧は、近づいた。

指先で脈を取り、

呼吸を確かめ、

瞳を見る。

——遅い。

——浅い。

——もう、身体が持たない。

「……竹です」


その言葉が落ちた瞬間、


一綱の肩が跳ねた。

「そんな……!」


桃慧は、静かに首を振る。

「この方を手術台に上げれば、今、隣で止血を待っている二人が死にます」

兵の目が、桃慧を捉える。

理解しているのか、していないのか。

ただ、縋るように口が動く。


「……たす……け……」

桃慧は、膝をついた。

「——申し訳ありません」

その声は、医師のものだった。

「ですが、あなたの死を無駄にしないために、私は他の命を救います」

兵の手を、そっと握る。


「痛みを、取ります」

薬湯に浸した布を当て、意識を薄れさせる。

「酒を」

柚子が兵へ水の代わりに美味い濃い酒を飲ませる。竹の札を胸の上に置き、そして担架は、奥へ運ばれなかった。


——見殺し。

だがそれは、百を救うための、ひとつの犠牲だった。


その直後だった。

「新たに、五名搬入!」

「民、内子供一名、骨折!」

「裂傷患者、三名!」

「矢傷一名」


——完全な限界運用。


医務衆の動きが、一瞬、詰まる。そのとき。

桃慧が、立ち上がった。

「……私がやります」

「桃慧様!?」

「治療台、三つ同時に使います。端の二つここに近づけてください」


常識では、ありえない。

だが桃慧の手は、止まらなかった。

矢じりの排除。止血。切除。圧迫。


「宗次、この二人治療完了しました。奥の陣へ搬送願います。琴、次を受け入れるのでこの治療台の支度をお願いします。」



ひとつ終わる前に、次へ。

次へ移る前に、指示を飛ばす。


「柚、清潔な布をもう少し持ってきてくださいますか?」

「琴、こちら止血したら処置が終わるので縫合を」

「一綱、こちらは大丈夫です、次の方の受け入れ準備を」


その速度は、もはや人の域ではない。処置をしながら全体を確認し指示をとばす。


「あやめ、この者はダメです、酒と眠薬をお願いします。」

「宗次、救走班に止血だけは落ち着いてしっかりとせよと檄を飛ばしなさい。止血が甘いです」



勝家は、言葉を失っていた。

(……早い、などというものではない)

命が、流れとして捌かれていく。

無駄がない。

迷いがない。

感情を挟む暇がない。

だが、冷たいわけではない。

誰よりも、その“重さ”を背負っているのが、桃慧だと。


勝家には、分かった、やがて鉄笛が、鳴り止む。


法螺貝がなり戦が終わる。


数分後、日が暮れ始め、新たな担架が来なくなり、陣に、呼吸が戻る。


「……収容、安定しました」

治長の報告に、

誰かが座り込んだ。

助かった者たちが、静かに息をしている。

民も、兵も、敵味方の区別なく。

勝家は、深く、深く息を吐いた。


「……これが、医の戦か」


誰かが、呟く。

「ありがとう、助かった。」

「生きられるんだ」

「帰れるんだ」

その言葉が、いつの間にか、陣に広がっていた。


次の命に向かって、

血に濡れた手を洗っていた。

——神ではない。

——奇跡でもない。

ただ、

理と覚悟で、命を選び続けた結果だった。

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