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陣中

信長一行は負傷者と疲れ切った勝家隊を率いて本陣へと帰還した。


小高い丘に無数の旗が(なび)き織田軍の威を示す重厚な守りの陣

信長一行の帰還にひれ伏す家臣や兵たちの視線は信長の後ろにつれられた尼の格好をした少女に注がれた。


一人の奇麗な顔立ちをした少年が信長の騎馬の横へ歩み出て馬から降りる信長から刀を受け取り信長が転ばぬよう体を支えていた。

蘭丸(らんまる)、ご苦労すぐに安藤宗庵(あんどうそうあん)を呼べ


蘭丸という少年はそそくさと陣の奥へ隠れると一人の筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)な頭を丸めた白衣の将を連れてきた。



宗庵(そうあん)、一向宗に医術に(ひい)でた一団の話は聞いたことがあるか?」

信長は目をギラリと光らせ宗庵へ問いただす。


「一向宗では聞いたことがありませぬが、一向宗の信徒、遥か東の信徒の一団の中に遵慧(じゅんけい)という女僧(にょそう)が率いる医術に秀でた一派があると聞いたことがあります。」


信長はにやりと笑い桃慧(とうけい)へ視線を移す。


「桃慧、そなたは何か知っておるか?」


桃慧は表情一つ変えずに答える


「我が師、我が母にございます」


「そうか、そうであるか!」

その答えに信長は天を(あお)ぎ高らかに笑ったが宗庵は苦虫を嚙み潰したような表情をし始める。


「その娘、一向宗の者なのですか?…………殿っ!その一派は死者を冒涜する修練を行い悪鬼刹那(あっきせつな)に力を貸したといわれる悪しき一派でございます、その遵慧(じゅんけい)の娘ともなれば......織田家の暗雲を呼び、破滅につながるかと」


信長は宗庵を睨むと

「余はこの娘が確かな腕で瀕死(ひんし)の者たちを生き返らせる姿を見た、この娘が鬼や妖となれど喜んで手を組み我が配下に招き入れようぞ、例えそれが破滅へ繋がる道であろうと、我が兵、我が家臣たちを救うのであれば百の利、いや……千の利があること間違いなし。現に勝家(かついえ)は死の淵から帰ったぞ?」


振り向くと鉄砲に撃たれた傷を誇らしく見せる勝家の姿があった。


「いや、馬鹿な!鉄砲傷を……何故縫ってある?これでは傷が膿んで腐り果て死ぬぞ!」


宗庵が怒りを(あらわ)に桃慧に詰め寄るが桃慧は毅然と反論する。


「鉛玉は取り出し血の道は塞ぎ、焼けた肉は削ぎ落とし肉同士を縫い合わせてあります。膿を防ぐために薬液を幹部へ塗り、酒と塗り薬を含ませた清潔な麻布で患部を保護しておりますので膿むことはありません」


信長は毅然と答える桃慧をニコニコと眺め

「聞いたか宗庵、余の目に狂いはあるか?」


呆然と頭の中で思案する宗庵に勝家が説得するように話しかける。

「宗庵よ、撃たれて身を焼くような痛みがあったが今はなんのその、ヒリヒリと痛みはあるがこの通り!歩けるし馬にも乗れる!」


宗庵は信じられないと言う顔をしているが勝家の姿を見て只々化かされているのかと思うばかりだった。


御医頭(おいがしら)、お力添えを。佐原秀景(さはらひでかげ)様が重症です。何卒お早く」

白衣を血で染めた陣医が半べそをかいて宗庵に助力を求めてきた。


すかさず信長が声を掛ける。

「宗庵、良い機会だ。お前も奇跡の技を見るが良い百聞は一見にしかずだ。桃慧、頼めるか?」


「承知致しました」

桃慧と宗庵は小走りで陣の医務所へ向かった。

医務所の外には既に息絶えた兵達、夥しい血と鼻を衝く死臭であった。


陣の施術台の上には腹を深々と槍に貫かれた若武者の姿であった。血は止まらず、呻き声すら絶え絶え。


「水を持て! 熱湯を浴びせれば膿も祓える!」

「いや、灰を塗り固めよ。血が止まる!」


「血が止まらぬ!……これでは持たぬ……ええぃっ焼き鏝を持て!焼いて血を止めるぞ早くしろ!」


混乱した現場に苛立ちをあらわにした信長が一喝する。


(たわ)けどもが!」


怒声一喝に金創医(きんこそうい)たちはひれ伏す。信長はすぐさま周囲を見回し、その眼光を桃慧に突き刺した。



「桃慧。そなたの腕、ここで見せよ」



その声は試すようであり、また命ずるようでもあった。兵らはざわめき、桃慧は僧衣の裾を正して静かに進み出る。


「承りました」


胸元より小刀抜き、羽織物(はおりもの)脱ぐ姿に周囲は息を呑んだ。


「小娘が何をっ!」

「この者はもう助からん!」


だが信長は片手を上げて制した。


「黙れ。――我が目で見届ける」



負傷兵の呻き声が途切れ、呼吸は浅く速くなっていた。

傷を眺める宗庵は青ざめて首を振る。

「……出血多量。これでは……」


しかし桃慧は冷静に言った。

「まだ手はあります」


桃慧は火桶の脇に用意していた小瓶を開き、薬草の粉末を酒で溶かした。

「これは曼陀羅華(まんだらけ)。ほんのわずかを飲ませれば、意識が遠のき、痛みを感じにくくなります」


宗庵は思わず声を荒げた。

「毒草ではないか! 正気か!」


「いえ、量を誤らなければ、命を助ける薬となるのです」桃慧が冷静に反論する。



兵の唇に薬を流し込み、続けて口に布を噛ませる。

「大丈夫です、ゆっくり眠りについてください、必ず助けますから」


やがて兵の体が次第に弛緩(しかん)していく。


桃慧は鉄鉗子(てつかんし)のような道具を熱湯にくぐらせ、慎重に傷を探った。

「ここです。裂けた血管……」

彼女は煮沸した麻糸で血管を縛り、流れを止める。

宗庵は愕然とした。

「血の道を……糸で封じるなど……」


続けて、肉の裂け目を一針ずつ寄せ合わせる。

「麻糸は、体と馴染んでやがて溶けて無くなります。その頃には肉同士が結び合い、再び強さを取り戻します」


縫合が終わると、酒で清めた布で覆い、その上にドクダミとユキノシタをすり潰した膏薬を塗った。

「これは熱を鎮め、膿を退けます」


最後に、桃慧は熱石(おんじゃく)を布で包んで若武者の脇に置き、布団代わりの衣をかけた。

「血を失った体は冷えます。火を絶やさず、温めてください」


若武者は浅い呼吸を繰り返しながらも、安らかな顔で眠り始めた。


宗庵は膝をつき、両手を震わせながら呟いた。

「……これは、医の(ことわり)を越えております……。

もしや神仏が、娘子を(つか)わされたのか……」


信長は声を立てて笑った。

「違うぞ宗庵。神仏ではない。この娘こそ、我が軍を変える余の切り札よ」


桃慧はその言葉に振り返り、静かに答えた。

「私はそのような大それた者ではありませぬ、ただ人の命を救い、生きて欲しいと思うだけでございます」


その声は幼さを残しながらも揺るぎなく、仏のような笑みにその場にいたもの達、誰もが息を呑んだ。


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