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偽りの王  作者: ゆなり
99/122

九十八

 堂の中に椅子が一脚運び込まれ、中央に置かれた。

 私だけがそこへ座り、残りの面々は壁際まで下がり勝負の行方を見届ける事となった。

 村人も参事官が引き連れてきた文官達も入り混じって並んでいる。

 辺りはざわめきが満ちており、参事官がどこにいるか、気配がつかめない。

 先程宣言した通り、私は丸腰だ。

 その状態で椅子に腰掛けて、参事官が行動に移すのを待っている。

 あの参事官の性格上、正面から正々堂々と打ち込んできたりはしないだろう。背後など死角から襲い掛かってくるはずだ。

 どう考えても私の方が圧倒的に不利である。

 人によっては勝負を投げていると見る者もいるだろう。だが、私はあくまでも勝利しか考えていない。そうするだけの自信もあった。

 空気の流れが僅かに変わった。

 同時に小さな足音も捉える事ができた。

 予想とは違い、真後ろより少し左寄りだった。

 座っていた椅子諸共に横倒しとなり、最初の一撃を避けた。

 間髪いれずに参事官から二撃目が降ってくる。

 これを床に転がったまま、椅子の背もたれを掴み、それを盾にして防いだ。

 木と木がぶつかり合う鈍い音を立てた。

 参事官は邪魔な椅子を蹴り飛ばそうと、足を振り上げた。

 そこへ私は手にしていた椅子を突き出してやった。

 背もたれ部分を持っているため、参事官へは四本の椅子の足が向かっていく形となる。

 たかが椅子の足とはいえ、突かれたらかなりの打撃となる。なによりも素人の参事官にとっては、十分に脅威を覚える代物であろう。

 彼は椅子の足を避けようと、二・三歩後ろへ踏鞴を踏んだ。彼が後方へ下がると同時に、その僅かな時間を利用して上半身を起こしていた。

 参事官は後ろへ下がりながらも、木刀を高く振りかぶっており、私が身を起こすとほぼ時を同じくして、勢いよく振り下ろしてきた。

 勢いよく振り下ろされた木刀を椅子の足で受け流しながら、彼の腕をつかみ力任せに引っ張った。

 特に身体を鍛えていない参事官はあっさりと姿勢を崩し、頭から地面に突っ込みそうになった。彼は片足を前に出して、転倒しないよう堪えようとした。

 こんな絶好の機会を見逃す手はない。

 私は手にしていた椅子を手放し、勝負に打って出た。

 堪えるために前へ出した参事官の足を、力いっぱい蹴飛ばした。力一杯といっても上半身を起こして座っているような体勢のため、さほど力は入れられなかったのだが、参事官は私の狙い通り地面に転がった。

 傷が塞がり切っていない足に激痛が走ったが、歯を食いしばり耐えた。

 参事官が身を起こす前にと、引き倒した彼のうえに馬乗りとなり、体重をかけて押さえ込んだ。

 ついでにいつでも絞められる様に、首元へ手を添えた。力は入れていないため苦しくはないだろうが、抵抗すれば容赦なく締め上げる心算である。

「……私の勝ちだ」

 至近距離で告げれば、彼は一度しっかりと目を閉じた。

 再び目を開けた彼は、観念したように薄く笑った。

「そのようです」

 勝負に勝つ自信はあったが、それでも勝つことが出来て安堵した。

 不利な条件でも自信があったのは、今までに何度も暗殺されかけた事があり、それらを辛くも退け続けてきたからだ。来ると判っているのなら、例え背後からの襲撃でも対応する事が出来ると、そう確信を抱いていた。

 怪我に響かないようにそっとした動作で、参事官の上から身を退けた。

 僅かな攻防であったのに、ズキズキと痛みを訴えてきていた。

 突然前ぶりもなく身体が浮き上がり、驚いた。

 足音も気配もなく二若(ふたわか)が側に来ていて、無言で持ち上げられたのだ。

 私という重しがようやくいなくなり、参事官はやれやれといった動作で体を起こした。そこへ文官らしき人物が駆け寄っていく。

「お怪我はありませんか」

「ああ。大丈夫。ちょっと転がっただけだ」

 文官の手を借りながら、参事官は立ち上がった。

 怪我はしていないようだ。そもそも怪我をさせるような攻撃もしなかったから当然だが、鈍くさい人間は転ばせただけで大きな怪我をする者もいる。そこまで鈍ってはいなかったらしい。

 私を抱き上げた二若は、転がっていた椅子を立たせて、そこに私を座らせた。

「ほら、足出せ」

「おい!?」

 私の抗議などどこ吹く風で、下衣の裾を捲り上げてしまう。

 痛みからもしかしてとは思っていたのだが、包帯には既に血が滲んでいた。

 二若は表情を変えることもなく、淡々とした様子で血の滲んだ包帯を巻き取っていく。

 包帯の下にある当て布を剥がすと、鮮血が溢れた。手早く処置をしていく。

「手は大丈夫か?」

「問題ない」

 手を二・三度握って見せると、二若は無言で頷いた。

 私は参事官の方へ目を向けた。奴は手当てを受ける私なんともいえない表情で見ていた。

「参事官、約束は守ってもらうぞ」

「わかっています」

 潔く参事官は答えた。

「よろしいのですか?」

 文官の一人が声を上げた。

「私の事など、手に入れられたら行幸。通らずとも問題はないが、主張だけはしておこうというものだ」

「おや、見破っていたのですね」

「当たり前だ。あんな無茶な主張が通るはずがない」

 参事官は答えずに肩をすくめた。

「まあ、そうだね。では、我々はここでお暇しよう。都督等の身柄は、後日身代金と引き換えで引き渡し頂く」

「異存はない」

 堅如(けんじょ)は参事官の言葉に頷いた。

 これで懸案事項の全てに対し、話が纏まった。

 二若に背負われ参事官らの見送りに出た。

 出立の準備をしている所で、参事官の側に人がいない隙を見つけて彼に声をかけた。

「お前の本当の狙いはなんだ? この村ではなかろう? 村に捕えられている都督ではないのか?」

「いきなり何ですか」

「単なる好奇心だ。お前の策はどう考えてもおかしい。目的のために手段があったのではなく、手段が目的だったのではないか?」

「面白い事をおっしゃる」

「お前は都督を嵌めたかったのだ。今回の件を中央に不祥事として報告し、奴を更迭させるつもりだろう。単なる事故死では奴の私財を没収できない。明確な罪がなければ難しいからな。開拓途中の村を無理やり己の物にした、しかも軍を動かして損害まで出した。十分な理由になるのではないか?」

「だったら?」

「このような大掛かりな策を廻らせられるんだ。もっと犠牲を出さないで済む方法もあっただろう。そうすればこの村の事とて、もっと政府に有利な方向で話を進められたはずだ。つまりお前の選択が、政府に損失を出させたに等しいという事だ」

「言ってくれますね。この程度の損失よりも、都督をいつまでものさばらせておく方が州政として大きな損失なのですよ」

「阿呆が。そうさせないように手綱を取るのが、お前の役目だろう。難しければもっと違う方法で罠にかければいい。民へ犠牲を強いる稚拙な策に対して正当化するなど、怠慢を口にすると同じだぞ」

「まるで紘菖(こうしょう)王が言いそうな綺麗ごとを言う」

 その名にギクリとした。

 二若の、つまり私の名であった。まさか身元がばれているのか?

「なんだと?」

「若き隣国の王です。理想主義で民思いな、賢王と名高い人物ですよ。かの王のような政は理想です。ですが私には紘菖王のような権力を持ち得ない。取れる手段など限られるのです」

 吐き捨てるかのような台詞に、私は口を開いた。

「それは、」

「くだらない」

 私の言葉を遮り、二若が言った。

「紘菖王が最初から思い通りに権力を振るえたとでも? 血筋だけで政治を動かせるものじゃない。傀儡だった王は、己の意思と努力で臣下から権力をもぎ取り、実力だけで国の頂点へ立ち、そして名声を勝ち取るまでになったんだ。あんたは出発地点が違うからと僻んでいるだけだ。子供がやり遂げた事を、いい年した大人ができんとは言わせん」

 参事官は二若の容赦ない台詞に、グッと言葉に詰まった。

 二若の言葉は私の思いであった。私とて国を最初から上手く動かせたわけじゃない。何度も危ない橋を渡って無我夢中でここまできたのだ。だが、二若がどうしてそれを知っているのだろうか?

「参事官、政に参入されておらずとも、他の村と同様にこの村の者とて守るべき民だ。この村の者以外でも、浮民など政からはじき出されている者は幾らでもいる。そういった者達を簡単に切り捨てては、この地を治める者として失格だ」

「ご忠告痛み入ります。二度とこのような台詞を利かれぬように精進しますよ」

 感情をうかがわせない言い様であった。

 憎まれ口を叩いているが、それだけ悔しかったのだろう。……当然か。私のような女から偉そうに苦言をぶつけられれば、誰だって反発するだろう。参事官からみれば私は年下で、どこの誰とも知れない胡散臭い小娘だ。激昂せず受け入れられる事が素晴しい事だ。

双葉(ふたば)さんの代わりに、君が仕えないか?」

 二若に向けて、参事官は言った。

「君ほど優秀な暗殺者は、なかなか見つからないだろう」

「お前、コイツの実力など知らないだろう?」

「野営地で何度か見かけましたよ。一際目立つ活躍をしていたので、もし見かけたら声をかけようと考えていました。雰囲気が違うので初めは気付きませんでしたが、私が双葉さんをくれと言った際は、一人冷静に成り行きを観察していたところから多分そうだろうと中りを付けていたのです。双葉さんが賭けを言い出した時も一切動揺していませんでしたし、万一の場合は、私を闇に葬る心算だろうと」

 暗殺云々は、否定できない。

 二若の実力ならば簡単だろう。そして実際にやりかねない過激さも内包している。

「だからあれほどあっさり諦めたか」

「私も自分の命は惜しいですから。……その気は、無さそうですね」

「……」

 二若は一言も答えなかった。

 背負われているため表情はうかがい知れないが、不穏な眼差しを向けているのではないだろうか。

「君達がどういう者なのか気になりますが、詮索は野暮というものですね」

 参事官等は連れてきた文官や護衛と共に戻っていった。

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