九十六
参事官の一行を堂に残し、村人達は村の中へ戻ることになった。
堂は今夜一晩参事官一行に提供され、宿泊してもらう。
村の中を闊歩されるよりは一箇所に纏まっていてくれた方が監視しやすいためだ。
食事などは後で運ばせると告げて、村人達は堂を出た。
私も二若に背負われての退場である。
堂を出ると、建物の前に香麗が立っていた。
「どうした?」
堅如が香麗に声をかけた。
「夕飯とかどうするのか、様子を見に来たの。話し合いの結果によって色々あるでしょう?」
話し合いがすんなり付いていたら、手打ちの食事会になっていた可能性もある。
それを言っているのだろう。
「まだ終わっていない。明日に持ち越しだ」
「じゃあ、……泊まり?」
香麗は堂へチラリと目配せした。
「ああ。夕食を運んでやってくれ」
「判ったわ。双葉さんも来てくれる?」
急に名を呼ばれ、私は戸惑ってしまった。
「……なぜ?」
「調理の手が足りないのよ。椅子に座ったままでいいから、手伝ってくれないかしら?」
「他にも女は大勢いるだろう?」
「ああ。……まだ言ってなかったわね。避難所からは半分くらいしか戻ってきていないのよ。少ない人数の上に、怪我人の世話なんかもあって、夕食まで手が回っていないのね」
香麗がいるから、てっきり全員が戻ってきているのかと思っていた。
しかしこれは困った。
応急手当ならまだしも、怪我人の看病なんて私には無理だし、料理なんてもってのほかである。
宮で料理などした事はないし、行軍した際の野営地でも部下が全て準備している。
稀に佑茜らと森の中で彷徨った際に、狩った動物を解体して焼いて食べたり、野山で食用できる草を煮て食べた事があるくらいだ。ちなみに味付けは何もない。
あれは間違っても料理とは呼ぶまい。
私に料理を作らせたら、あのくそ不味い代物しか出来ないぞ。
「双葉の代わりに俺がいく」
「でも、」
「双葉は料理できないし、怪我人だろ。俺のほうがましだ」
香麗の言葉を遮り二若は言った。
「「「……」」」
何となく、微妙な空気が流れた。
その場に居合わせた村人達から、なんて駄目な女だといった眼差しが注がれていた。
女は家庭に入るものという一般常識がある。庶民ならば、一切の家事を取り仕切るのが普通である。……少なくとも私はそうと聞いている。
その中で料理が出来ないとなれば、あまり良い眼差しを向けられないであろう事は想像できる。
なんとも居た堪れないものだった。
二若が香麗の手伝いに行き、私は堅如らと明日の打ち合わせを行う事となった。
あれだけ大口を切った手前、嫌とは言いづらい。
私に求められていたのが、知っている法的知識とそれに基づく予測など、それらを洗いざらい話す事ぐらいであったのは幸いだ。村の意思決定に意見を求められてはいない。
香麗達が運んできた夕食をとりながら、村人達はどこまで向こうの要求を飲めるか、またどこまで譲歩できるか、優先される内容は何かといった事柄を話し合った。
夕食が終わり香麗らが食器を片付けに来た。彼女達は、明日の食事の下ごしらえを手伝えと、剥いていない豆の山を残していった。
「ここんところバタバタしていたからね。備蓄も心もとないし、脱穀など精米だってまだ終わってない。明日のご飯分も心もとない状態なんだ。話しながらでも手は動かせるだろ。しっかり働きな」
と、言明されてしまった。
豆剥きは私の仕事のようだが、他にも村人達は大量の藁などを取りにいき、藁で縄を編みながら激論を繰り広げていた。
激論の間は、時々方の知識や政府側の考えについて意見を求められたくらいで、私は黙々と豆を剥き続けた。
「姉ちゃん、下手くそだなー」
真剣になって豆を剥いていたら、しみじみとした声音でそんな事を言われた。
驚き目を向ければ、初老の男で、手元も見ずに縄を編みながら、私の剥いた豆に目を向けていた。
「子供でももうちょっと上手に剥くぞ」
「これじゃあ嫁の貰い手は厳しいなあ」
近くにいた者達が口々にそんな事を言った。
なぜか議論は止まっており、全員が剥き終わった豆に視線を注いでいる。
私は教えられたとおりにやっているのに、そんなにおかしいのか?
戸惑っていたら隣から手が伸びてきて、パパッと豆を一つ剥いて見せた。
私の何倍も早く、そして剥きようも綺麗であった。
「こうやって剥くんだ」
「ほれ、貸してみ」
近くの者が次々に手を伸ばし、同じ様に手早く剥いていく。
こうして手本を示されれば、確かに私のものは下手くそとしかいい様がない。
手本どおりに幾つか剥いて見せるが、やはり綺麗に剥く事はできなかった。
「……双葉は豆剥きや縄を編むところを見学していればいい。無理はするな」
堅如の言葉に全員が頷いた。
「……」
流石に返す言葉がなかった。
豆は近くの者が引き取り、一人だけ何もせずに話し合いを眺める事となった。
そして話し合いのついでに、今回の経緯なども詳しく聞く事ができた。
暫く前から、都督の手の者による嫌がらせを受けていたらしい。
村の物が近くの街に収穫物を売りに行った時など、買取を拒否されたり、安く買い叩かれそうになったり、不当に拘束されそうになったりしていたようだ。
村の所在地について尋問を幾度も受け、その際に軍を派遣するぞという脅しもあったそうだ。
じれた都督が実際に軍を差し向けてきたのも今回が初めてではないという。
前回までは闇雲に軍を派遣してくるだけで、妨害などをして近寄らせなかったら諦めていた。
村人達は今回も同じだろうと考えていた。
だが、よくよく聞けば、今までと様相も違っていた。
嫌がらせや脅しは少なくなっており、役人と思しき者から交渉まがいの話も受けていたという。
軍を動かすにしても、今までのような唐突な進軍ではなく、いついつに進軍するぞといった予告までしていた。
だからこそ村人達はあれだけ事前準備を出来て、そしてそれが裏目に出てしまったのではないだろうか。
前回までの失敗すら逆手に取る作戦で、人の心理をよく突いている。
話し合いを眺めながらそんな事を考えていた。