九十五
参事官が納得した事で、ようやく本題へ入っていった。
都督と兵の身柄を参事官は要求し、その見返りに今まで納税をしてこなかった咎は免除し、制裁は課さないとのっけからのたまった。さらに今後は他の村と同様に、政の中へ組み込まれ、租税その他を収めるようにという内容を告げた。
隠れ里が一般の村と同じ扱いになるという事だ。
政府から派遣された役人が村を治めて、道路などの公共物の整備なども行う。受け入れなければ今度こそ軍で村を占領する事になると、脅し混じりに語った。
村人達は断った場合における損失と、受け入れた場合の不利益を秤にかけて、受け入れたほうがいいのではないかといった雰囲気を見せている。特に断った時の甚大な被害と、受け入れた場合に見込まれる恩恵を考慮すれば当然の流れである。
だが……。
「小賢しい」
静かな中に私の言葉が響いた。
「何が不満だろうか? こちらは随分譲歩しているのだが」
参事官が問いかけてきた。
私はわざとせせら笑った。
「譲歩ときたか。どこも譲っていない分際で、よくぞ言ったものだ」
「今までの税を免除するといっている。懲罰も課さない。十分のはずだ」
「ならば言ってやろう。今までの税については、元々免除されている。もしくは非常に少ない額のはずだ」
私の言葉に、村人達の間で動揺が広がった。
「幾らなんでもあつかましい物言いだな」
「そちらほどじゃない。新たに村を起こした場合、開拓費用として村人達の税は控除され、ほぼ全額が免除される。見ての通りこの村はまだ開拓半ばだ。暫くは税が安くなるはずだろう。違うか?」
「そうでしたかね」
「他に村への支援として、共有設備の資金もいくらか出される。それもなかったことにするのか? それとも自分の懐へ入れるか」
「酷い侮辱だ。撤回を要求する」
「ならば村へ入るはずの金がどうなるか説明したらどうだ。村の設備や田畑や用水路など、全て村人達の持ち物だ。村を政の中に組み込むというのなら、共有財産に対して政府は使用料を払うことになる。そして開拓したばかりの田畑は一定期間税も免除される。それなのに他の村と同様に税を払わせるというのは、随分とおかしな話だ。どこが譲歩しているのかわかりやすく説明してもらいたい」
「……」
参事官は黙して答えなかった。
「こちらからの要求は、一つ、今回の件で死傷した物への慰謝料。一つ、破壊された物品への弁償。一つ、捕えている都督および兵を解放する代わりに身代金を支払う事。一つ、今まで通り村の自治を認めること。一つ、政府に納めさせる税は法に準じた扱いとする事。一つ、政府が開拓村へ支給すべき資金を完全に支払う事。以上の六点だ」
私は言って参事官を見つめた。
「ふざけるな!」
答えたのは参事官ではなかった。
参事官の傍らに控えていた文官が怒りを見せた。
私から目を逸らすことなく、参事官は手を上げ押し留めた。
元政府側の人間として、私もこれが如何に受け入れがたい要求か、自覚している。
参事官とやらがもっとまともで、公平な交渉に出ていれば口出しはしなかった。
村人達の無知に付け込むやり口が気に入らなかったのだ。
村にとって不利な条件を、さも当然といった様子で提示し、飲めばよし。飲まねばいくらか交渉して譲歩してみせる。かなり譲歩しても元々が政府側に有利な内容だから、損が出るほどにはならないだろう。そんな計算あってのことだ。
交渉の方法としては必ずしも間違っていないが、それでも限度があるはずだ。
私の発言によって村人達は気色ばんだ。
彼等をを押し留め、堅如は場を混乱させた私に代わり、参事官と淡々と交渉を継続していく。私の口にした要求を、彼が改めて述べる。
私に向けられていた参事官の意識も堅如へと戻り、淡々とした様子を崩さず応じていくが、こちら側の要求を拒否して、政府側の要求を告げた。譲歩する気配は微塵もない。その対応は当然の事だ。
双方が主張する内容に隔たりが大きく、話し合いが纏まるはずもない。
激しい応酬を繰り返し、夕刻近くから始まったこの会合は、日が完全に暮れて夜になっても結論は出なかった。
一旦話し合いは中断し、明日に持ち越す事となった。
堅如と参事官が激しい応酬を繰り広げている間、私は村人達の後ろで成り行きをただ見ていた。
火種をつけたのは私だが、可能な限りでしゃばりたくなかったのだ。
参事官からは殆ど視線を向けられる事はなかったが、彼が連れてきた文官には険しい眼差しを向けられ続けた。
どうやら要注意人物として認定されたようだ。




