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偽りの王  作者: ゆなり
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九十二

 隠れ里というぐらいだから、もっと貧しい村を私は想像していた。

 だが明るい中で見れば、裕福な村とは言いがたいが、地方の小さな里ほどの規模があった。

 決して貧困に喘いでいるといった雰囲気はない。

 井戸や田畑、用水路、作業小屋等、一通り最低限必要な設備がそろい、生活するに不足はないように映った。

 よくここまで政府に目を付けられずにきたものだ。

双葉(ふたば)

 岩の向こう側から声が掛かった。

「なんだ?」

「お前が無事でよかった」

 口元に笑みが昇るのを感じていた。

「お前もな」

「心配したんだぞ」

「悪かった」

「本当にそう思っているのか?」

 訝しげな声に苦笑してしまった。

「失敬な奴だな。当然だろう」

「だったらなんで一人で残るような事を?」

「それが一番確実だったからだ」

「お前にとっては関係のない奴らだ。何でそんなに簡単に命を張れるのか理解しがたいな」

「言うな。私の性分だ。心配はしなくとも、これ以上の差し出口はよしておくさ」

「本当かよ」

 疑い深く二若(ふたわか)は呟いた。

「今更手を引けると思っているか」

「意見を求められれば答える。だが自分から進んで手を出すことはしない。誓っても良い」

「期待しておく」

 口出しをしないのは、なにも二若のためではない。

 この村のためだ。

 もし私の正体がわかれば、この村にとってはとても不味い事になる。余計な手出しはできる限りしない方が、この村のためとなる。

 私は基本的に、この村にとっては災いとしかならない。

 だから口出しなんてしない方が良いのだ。

 パシャパシャと水音が聞こえてきた。

 どうやら二若も岩の向こうで水を浴びているようだ。

 二若は元気一杯であったが、かなり薄汚れていた。

 返り血も大量に浴びていたし、私とはまた違う苦労があったようだ。

 奴は随分と無理をしたのだろう。

 無事でいてくれて良かった。

 村には幾人者怪我人がいた。

 命を落とした者とている。

 二若がそうならず、安堵していた。奴ならば絶対に無事だろうと思っていたけれど、信じてはいても不安はあったのだ。

 ボンヤリ考え事をしていたら、土を踏む軽い足音が近づいてきた。

「イチ、着替えを持ってきたわ」

 香麗の声であった。

 もう避難所から戻ってきたのか。

「そこ置いといてくれ」

「双葉さんは、どう?」

「ピンピンしているよ。元気なもんだ」

「良かった。堅如(けんじょ)が話を聞きたいって。手当てが終わったら来てくれる?」

「判ったと伝えてくれ」

「ええ」

 再び軽い足音がして、今度は遠ざかっていった。

「……だとよ」

 二若の言葉と同時に、岩に布が置かれた。手を伸ばして取り上げると、香麗の言葉通り着替えであった。

 今まで着ていた寝巻きのようなものではない。

 寝巻きの方は所々破れている上に、血と泥でメチャクチャになっていて、処分するしかないだろう。

 身体を拭くための手ぬぐいもあり、それで水気を取った後、上だけ着替えて池から上がる事にした。

 岩を回って岸に向かうと、二若は既に着替え終わって、池から上がり待ち構えていた。

 二若の指示した場所へ腰掛けて、怪我の治療を受けた。

 手早くそして慣れた様子で処置をしていく。

 薬品などを選ぶ手つきも迷いがない。

 まるでいっぱしの医者のようだ。

 帝都から逃げてくる間も、解毒やら解熱用の薬湯やら、全て二若は自分で調合していた。

 私にはない技術だ。

 私とは全く違う人生を歩んできたのだなと、妙な実感を覚えた。

「お前も随分と血を浴びたようだが、そっちはどういった状態だったんだ? 軍と遣り合っていたのだろう?」

「ああ。軍と正面からやりあって勝てるはずがないから、待ち伏せ闇討ちその他諸々で時間稼ぎをしていた。村に異変を感じて、一部を残して村へ救援に向かった」

「私を助けた奴等だな」

「そうだ。俺は居残り組みで、軍が引くまでその場に残っていた」

 二若の言葉に違和感を覚えた。

「軍が引いたのか? 夜に?」

 逃げ回っていた時間や、小屋に火がついてから救援が来るまでの時間から考えて、二若達が軍を相手にしていた地点から、かなり距離があることが予想できる。

 今ここに二若がいるということ、日が昇ってからそれ程時間が経っていないこと、それらを考え合わせて、遅くとも夜明け前にはこちらへ向かい始めたと予測できる。

 つまり軍は夜が明ける前に行動を始めたということだ。

 小うるさい襲撃者がいたとしても、否、襲撃者がいるからこそ、逆に夜が明ける前に軍を動かしたという事実が不審感を与えていた。

 私が考えていた以上に、この村はややこしい事に巻き込まれているのだろう。

 民は上層部のごたごた等とは無縁に、穏やかに暮らしていてくれればよい。血なまぐさい事も、陰惨な事も全て無縁で、笑い合ってくれていればよい。

 昔から私の願いはそれだけだ。

 そんな些細な事すら難しいこの現実が、それを破壊しようとする者の存在が酷く疎ましかった。

 二若が暗に指摘していた通り、出来るならばこの村に留まり、全ての難題を解決したいという想いはある。

 だが『私』という存在は、この村にとって決して良き物ではない。祖国とこの村を秤にかければ、躊躇なくこの村を見捨てるだろう。それが必要ならば利用し踏みにじる事も躊躇わない。

 もし万一にでも私の正体が見破られるような事になれば、私が何をしなくともこの村にとっては大打撃となってしまう。

 本当にこの村を思うのなら、これ以上の手出しをしない方が、関わりを持たない方が良いのだ。

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