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偽りの王  作者: ゆなり
91/122

九十

 二若(ふたわか)は村に向かってひたすら駆けていた。

 日の出が近く辺りが明るくなってきているおかげで、避難場所を目指していた時に比べると、随分と走りやすくなっていた。

 身体にたまっている疲労を無視して、彼はがむしゃらに足を動かしていた。

 同時に周りを観察する事も忘れない。

 一姫(いちひめ)が生きて兵から逃げ回っていれば、少なからず騒ぎが起きているはずだ。

 二若は村を目指してはいたが、一姫が黙って村の中に留まっているとも考えていなかった。

 一姫の腕前は決して悪くないし、そこらの兵が相手ならば引けを取る事はない。

 都にいた頃、二若は何度も一姫の様子を見に、コッソリと宮殿へ忍び込んでいた。一姫を連れ出す隙を探っていたのだが、忍び込むだけならまだしも、そんな隙までは得られなかった。隠れて様子を見守っていたから、一姫の実力はよく知っていた。

 一姫の周りにいる比較対象である人間が達人ばかりで、そうと本人には自覚はないが、地方の軍に属している程度の者なら簡単にあしらえる程度の実力は持っている。特に攻撃よりも防御に特化したその剣術は、実力がかなり上の相手でも拮抗する事ができるのだ。

 そう、一対一ならば。

 だが今は多勢に無勢。側に味方は一人もいない。

 一姫は二若のように、多数の敵に囲まれても遣り合えるほどの腕前は持たない。下手に囲まれては、逃げ出すだけでも難しいだろう。心配で仕方がなかった。

 一姫の周りに大勢の味方が控えているのなら、二若は殆ど心配などしなかった。

 将として部下がその身を守ろうとするだろうし、一姫も下手な指揮をする事はないだろう。己や周りのものにとって、最も安全で有利となり、損害が少なくなるよう手を尽くすだろう。部下達も己の命と隊の勝利のために、一姫の身を必ず守る。たとえ部下達の守りを突破したものがいても、一姫は十分相手を下す事ができるのだ。

 意識を研ぎ澄ませながら走っていると、前方向かって左斜め前で騒ぎがあった。

 距離が少し離れていて、その心の声までは聞こえないが、人の言い争う声と、高い金属音が断続的に続いていた。

 二若はもしやと足をそちらに向けた。

 程なくして騒ぎの元にたどり着いた。

 そこには軍の装備を身につけた兵が数人と、村の男衆が数人相対していた。

 残念ながらそこに一姫の姿はなかった。

 兵と村人達は互いに命がけの戦いを繰り広げ、実力は拮抗している。どちらが優勢という事はなかった。

 二若は騒ぎの中に飛び込み、問答無用で兵に切り付けた。

 目の前に集中していた兵達は、急に現れた二若へ反応らしい反応も出来ず、バタバタと切り倒されていった。

 兵と対していた村人は緊張から取り放たれて、ホッと息をついていた。

「助かった。イチ、ありが」

双葉(ふたば)は!? 見なかったか」

 荒い息のまま相手の言葉を遮り尋ねた。

「や、見てない。なぁ?」

 答えた村人は周りの仲間へ声をかけた。

 仲間達は一様に頷いた。

 それを確認し、二若は一つ舌打ちすると、再び駆け出した。

「あ、おい! どこへ」

 後ろで何か言っていたが、無視して走り続ける。

 それからも騒ぎになっていそうな場所を求めて、森の中を駆け続けた。

 三箇所ほど同じように戦闘となっている中に割って入り、問答無用で制圧していった。

 その都度双葉の消息を尋ね、ようやく知っている相手に出合った。

「村!? 村ん中にいるのか?」

「ああ。堅如(けんじょ)達と一緒にいるはず」

「怪我は、いや、無事なのか!? どんな様子で、あった時はどんな状態だったんだ」

「村に向かっていたら、途中で兵に追われてるのを見つけたんだ」

「で!?」

「数人を残して他の人間はそのまま村へ急行させて、残った堅如と俺達で助けに入ったんだよ。村の生き残りだと思ったんだ。怪我をしてボロボロだった」

「ボロボ、」

 二若は絶句してしまった。

「村は軍の制圧下から取り返した。援軍なども来てなくて、怪我人は村で手当てをしている。今は残党を追っているところだ」

「わかった」

 二若は身を翻して村へ真っ直ぐ向かった。

 既に日は完全に昇りきっていた。

 真っ直ぐ村へ向かえばよかった。森の中を駆けずり回っていたせいで、時間を無駄にしてしまった。

 二若は軽い悔恨を抱えて駆けた。

 ほぼ一晩中走り回っていたせいで、疲労は限界近くまで蓄積している。

 足が鉛のようには重く思うように前へ進めない。それが二若には酷くもどかしかった。

 ようやく村へ到着して、人が集まっている場所を求めて見渡す。

 村の中央部分、井戸があるあたりに人影を見つけた。

 多少よろめきながら向かうと、堅如を始めとした村人が大勢いた。

 中央部分では怪我人の手当てをしている。

 そこから少し離れた場所に、捕らえられ縛られた兵が大勢座らされている。

 一姫は、一姫の姿はと、忙しなく目を巡らせた。

 堅如ら村人達へ指示を出している者の中に、その姿はない。

 怪我人の手当てをしている中にもいない。

 捕らえられた兵の見張りに立っている者の中にもいない。

 そんな事、あっていいはずがない。

 そんな事があるはずがない。

 そんな場所にいるはずがないと、意識的に目を逸らせていた、怪我をして横たわっている者達へ、目を向けた。

 あれは違う。

 あいつも違う。

 その隣の奴も違う。

 その奥の、泥と血に塗れたまま放置されている、小柄な姿は、小柄な……。

 二若は目を見開いた。

「双葉!」

 一姫だった。

 慌てて駆け寄る。

 直接地面へ敷かれた薄い敷物の上に横たえられていた。

 全身が血と泥に塗れ、無残な有様となっていた。

 他の負傷者のように怪我の治療をされる事もなく、放っておかれている。

 事切れている者と同じように、誰も一姫を省みようとはしていない。

「双葉! 双葉!!」

 大声で呼び肩をゆするが反応はない。

 恐怖に二若は全身が総毛だった。

 両肩を強くつかみ、半ば無意識にその名を呼んでいた。

「一姫!!!」

 ピクリと眉根に皺が寄った。

 生きていると二若が安堵したのもつかの間。

 一姫の拳が、二若の顔面を勢いよく殴り飛ばした。

「黙れ」

 拳を振りぬきながら、不機嫌全開の低い声音で一姫はそう命じる。

 まともに拳が入ってしまった二若は、顔面を押えて悶えた。

 小さく呻きながら一姫は起き上がった。

「寝ている人間の耳元で怒鳴るな。この馬鹿者め」

 頭痛を堪えるように一姫は頭を振りつつそう口にした。

「良かった。無事だったんだな。酷い怪我をしているから、てっきり」

「全部返り血だ。一部を除いてな」

 チラリと一姫は己の足元に視線を向けた。

 足元は切り傷や痣だらけで、酷い有様であった。

 未だ血が止まりきっていない箇所もある。

 手の方も足に比べれば程度は低いが、負傷していない箇所を見つけるのが難しいくらいだった。

 しかし剣で斬られた様な、命に関わる大きな怪我は見当たらない。

 怪我の数は別にして、その程度が低いために後回しにされていたのだと、今なら彼も理解できた。

「すごい有様だな」

「森の中を夜明け近くまで逃げ続けたからな。本気で死ぬかと思ったぞ。しかし流石に気持ちが悪い。どこか身体を洗える場所はないか。怪我の治療をする前に、浴びた血と泥だけでも洗い流したい」

「風呂は、無理だろ」

 慌しく行きかう村人達を見渡して言った。

「判っている。井戸か綺麗な小川でもあれば、自分でどうにかする。村人達の手を煩わせる事はない」

「小川はないが、ちょっと離れたところに小さな池がある」

「どこにある」

 一姫はそう言って立ち上がろうとしたが、顔をしかめてうずくまった。

 木の枝が刺さったのか、一姫の足裏は酷い有様で、とても立ち上がれるはずがない。

 ほらと、一姫の前に背を向けてしゃがみこんだ。

「乗れよ。連れて行ってやるから」

「場所が判れば自分で行く。お前は村の復旧でも手伝っていろ」

 一姫はヨロヨロとした様子であったが、自力で立ち上がった。

「無茶をするな」

「私にとってはこの程度、なんと言うことはない。見くびるな」

 耐え難い痛みがあるはずだが、苦痛を表に出してはいない。

 強い意志を込めて、二若を見据えている。

「俺は村へ対し十分な義理を果たした。気にするな」

 言いながら問答無用で一姫を抱き上げた。

「やめんか。降ろせ!」

 嫌がる一姫を宥めながら、二若は池へ向かった。

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