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偽りの王  作者: ゆなり
89/122

八十八

 二若(ふたわか)は何かの音が聞こえたような気がして、背後を振り返った。

 それは二若(ふたわか)だけではなく、他にも同じような行動をしているものがいた。

 彼等は森の中で、兵の襲撃を迎え撃つために潜んでいた。

 殆ど誰も無駄口を叩かず、じっと耳を潜めている。

 静まり返っているが、小さく衣擦れの音などが微かに立っていた。

 森に身を潜める村人達から少し離れた場所に二若(ふたわか)は陣取っていた。

 そのお陰で遠くの音を聞きとめることが出来たのだ。

 彼が振り返ったその先には、森に潜む村人達の本拠地がある。

 かなり離れていて、普通なら音の届くはずの無い距離だ。

 だが、何かがおかしいと、二若(ふたわか)はジッと目を凝らした。

 村の中で極僅かに小さな灯りが過ぎった。

 見間違いかと思うほどに微かな光だ。

 それだけ遠いのだから見えなくて当たり前だが、二若(ふたわか)は更に目を凝らした。

 不意に二若(ふたわか)の周囲から音が遠のいた。

 梢を揺らす葉のせせらぎすら彼の耳には届かない。

 二若(ふたわか)はハッと身を強張らせた。

 彼の視界がブレて、ここには無い全く別の場所にある風景が映し出されていた。

 森の中などではなく、そこは粗末な建物が並ぶ、貧しい村の中であった。

 既に寝静まっていなければならない時刻だが、何人もの人間が行きかっている。

 全員が兵隊の装備を身に纏っている。

 村にある建物の中へ強引に踏み込み、手当たり次第に荒らしていく。

 その貧しい村は……、

「……チ! おい、聞こえないのか、イチ!」

 耳元のその声に、二若(ふたわか)はハッと我に返った。

「何の用だ?」

「何って……大丈夫なのか? 何度も声をかけたんだぞ」

「少しボウッとしていただけだ。堅如(けんじょ)、何か用があったんじゃないのか?」

 二若(ふたわか)は何気ない振りで尋ねた。

 堅如(けんじょ)二若(ふたわか)を疑わしそうに見、口を開いた。

 彼は二若(ふたわか)達が身を寄せる村の代表を務める男で、二若(ふたわか)とは何年も前から浅からぬ縁のある相手であった。

「様子を見に来た。みんなの側にいなくていいのか?」

 その堅如(けんじょ)の言葉に、二若(ふたわか)は僅かに笑みを見せた。

 過去の経緯から、堅如(けんじょ)達の村から二若(ふたわか)が忌避される事はない。むしろ歓迎をもって受け入れられている。だからこそ、完全に部外者である一姫(いちひめ)の事も、二若(ふたわか)の連れならばと受け入れた。

 何かあれば今回のように村の力となる二若(ふたわか)だが、彼はいつも村人達から一歩引いての付き合いをしている。

 人を側に寄せ付けようとしない二若(ふたわか)堅如(けんじょ)は常々気に掛けていた。

 二若(ふたわか)が村人達から距離をとるのは、常に聞こえてくる悪意ある心の声が煩わしいからだ。

 自身に向けられたものも別のものへ向けられたものも、渾然一体となったそれに慣れたといっても、やはり大きな疲労を覚えるのだ。そんな理由もあり、二若(ふたわか)は必要がなければあまり人と関わろうとはしない。

 堅如(けんじょ)の気遣いに気がついていたが、二若(ふたわか)はそれに感謝しつつも気付かぬ振りをしていた。理由など話せないのだから、そうする他なかった。

「そんな事より問題発生だ。村に兵が入った」

「な、んだって?」

 予想外の言葉に、堅如(けんじょ)は大きく目を見開いた。

「さっき何かの音が聞こえた。村に目を転じれば、チラチラと火が灯されているのも見えた。……俺達ははめられたんだ」

「待ってくれ。俺達の目の前には郡の軍隊が……」

「囮だろうな。まさか軍隊を丸ごと囮に使うとは思わなかった」

「本当、なんだな?」

 堅如(けんじょ)は真剣な眼差しで念を押した。

 二若(ふたわか)はそんな堅如(けんじょ)の目をまっすぐ見て、大きく頷いた。

 彼が先程見た光景は、今現在起こっている事実だ。幼い頃から彼は極稀に見ていたもので、それが違えられた事は一度もない。問題は、先程の幻視に現れた村が、堅如(けんじょ)達の村であったという点だった。

 そこには病み上がりの一姫(いちひめ)もいる。早く助けに行かねばと、そう心が騒いでいた。

「少し前に微かな音が聞こえていた。他にも小さな光がちらほらと垣間見えていた。俺達の目をこちらに引き付けて、その隙に少人数で村を制圧って所か。女子供を人質に取られれば、こっちは身動きを取れなくなるぞ」

 堅如(けんじょ)はしばし目を瞑り、様々な事に考えをめぐらせた。彼としても反論の余地がなかったわけではないが、二若(ふたわか)の言葉は一理あるとそう考えてしまった。

 そして、この場面で真実かどうか議論をし、無駄な時間を費やしてしまう暇は存在しない。

 思考を終えた堅如(けんじょ)二若(ふたわか)へ目を向けると、彼は力強い頷きで答えた。

「皆を連れて戻る。イチは……」

「郡の足止めは任せろ。こっちに……そうだな、三分の一ほど残してくれれば、何とかする」

 堅如(けんじょ)はそれに首肯する。

「頼む」

「ある程度引き付けられたと思ったら、もしくは奴等が撤退して行ったら、俺は避難場所の方へ行くぞ」

「村へ向かわないのか?」

 意外そうに堅如(けんじょ)は尋ねた。

 堅如(けんじょ)の知るイチという男は、こういう場合ならば真っ先に最前線へ向かう。それなのに何故、今回に限ってそれをしないのかと訝しく思ったのだ。彼に係わりのある双葉(ふたば)という女性も村にいるのだから、なおさら真っ先に向かいそうなものだ。そう堅如(けんじょ)は考えたためだった。

「悪いが、まずは双葉(ふたば)の無事を確認したい」

「だったら尚更村へ行くべきだろう?」

 二若(ふたわか)はフッと笑みを浮かべた。

双葉(ふたば)がそう簡単に奴らの思い通りになることなんて無い。確実に無事だった女達を引き連れて、今頃は避難所の方へ逃げているはずだ」

「……そうか」

 何ともいえない表情を浮かべ、堅如(けんじょ)は反論はせずにそれを受け入れた。

 堅如(けんじょ)双葉(ふたば)と呼ばれる女性を直接見知ってはいない。二若(ふたわか)の言葉が正しいのか、ただの思い込みか判断がつかなかった。ただ、二若(ふたわか)がそういうのなら、おそらくは正しいのだろうと、判断したのだった。

「じゃあ、後は頼むな」

「任せろ」

 堅如(けんじょ)は森の中に潜む仲間達に指示を出すため、二若(ふたわか)に背を向けた。

 その時だった。

 ザワッと小さなざわめきが上がった。

 彼は戸惑って辺りを見渡した。

 戸惑い辺りを見渡す堅如(けんじょ)とは違い、二若(ふたわか)は村のある方へと視線を向け……眉をひそめた。

 事態をいまだ把握できていない堅如(けんじょ)の背を突き、村を指差した。

「あれはっ、」

 堅如(けんじょ)はそれを目にして絶句した。

 村の方角に大きな火の手が上がっていた。

「早く行け」

 二若(ふたわか)の言葉に、堅如(けんじょ)は歯を食いしばって頷いた。

 手早く仲間達へ指示を出し、僅かな時も惜しいと急いで村へ向かい始めた。

 軍の目の前で大きな動きは出来ないと、急ぐ中でも足音は潜め木立を揺らさないよう、気配を殺しながら進んでいく。

 その姿が、二若(ふたわか)の目には酷くもどかしげに映った。

 森に残った面々も、動揺を浮かべている。

「目の前にいる敵へ集中しろ。堅如(けんじょ)達が村へ向かったと知られれば、すぐにでも奴等は押し寄せてくるぞ。ここを突破されたら、堅如(けんじょ)達は挟み撃ちだ。女達を助けるどころじゃなくなる。そうならないためにも、気合を入れろ」

 小声で二若(ふたわか)は叱咤し、ともすれば雲散霧消しそうな集中力を持たせ、士気を維持するのに奮闘した。

 村で火の手が上がり動揺したのは、彼等だけではなかった。

 闇夜の中でにらみ合いを続けている軍内部にも動揺が走っていた。

 作戦に参加している兵の大部分は、今回の囮作戦を知らない。闇夜に浮かび上がった火の手の意味を知る由もなかった。

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