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偽りの王  作者: ゆなり
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八十七

 古道具入れは村の外れにある。

 村の中を突っ切る事に比べれば、見つからずにたどり着くのは簡単だろう。

 問題は、私が隠密行動になれていないという点だ。

 物陰に身を潜めての行動など、訓練していない。

 やむにやまれず夜闇にまぎれて逃走は何度もあるが、逆にこうやって潜んで向かって行くのは初めてだ。

 堂に戻り死体から装備を剥ぎ取って兵に扮してやろうかとも考えたが、小柄な方の物でも私の身には余る。ただでさえ動きにくいものなのに、体に合わないものを纏っていては、満足に動けまい。

 力が弱い私の最大の武器は、身軽さだ。万一の場合、それも失われては殺してくれといっているようなものだ。

 見つかりにくい利点と、万一の場合における危険を秤にかけて、このまま向かう事とした。

 さいわい畑に人の姿は無く、畦や水路などに身を隠して進んだ。

 村からは姿が見えないが、逆に畑から目を向ければ丸見えなのが間抜けな感じがして心もとない。

 側には私の目的地である古道具入れだけではなく、民家もある。

 そこに出入りする兵の姿が時折あり、その都度息を潜めて身を隠していた。

 いつ見つかるか非常にヒヤヒヤする。

 潜入というものには相応の技能がいるようだ。

 機会があれば、その技術を学んでおこう。

 今回のような事が無いとも限らないし、国に戻れば今後は三姫(さんひめ)の補佐をする事となるだろう。こんな風に忍んでいく事も十分考えられるのだ。

 何度かヒヤリとしながらどうにか古道具入れにたどり着いた。

 音を立てないようそっと中へ忍び込む。

 古道具入れの戸は既に開け放たれていたので、密やかに忍び込む事は難しくなかった。

 開け放たれているものを閉じるのは不自然でとても閉められない。

 作業中に覗き込まれたら終わりだ。

 荒らされた小屋の中で手早く仕掛けに火をつける。

 焚き付けに慣れていない事もあり、火を熾すのに時間がかかってしまった。

 直ぐに燃え広がっては大変なので、小屋全体に火が回るまで時間が掛かるように、導火線を少し長めにしてある。

 道具類で火種が見えないよう隠して、小屋から脱出した。

 森へ逃げるべく、足を踏み出した。

 そのとき、近くから足音が聞こえてきた。

 畑に向かえば隠れる前に見つかる。

 かといって小屋に潜んでいて、万一燃え広がる前に出られなければ焼け死ぬ。

 仕方がないと、足音とは逆方向へ建物を回りこんだ。

 側面に出てしまったので、村の中から姿がよく見える。

 灯りが殆どなく目立ちにくいのが救いだ。

 身を潜める場所を求めて、視線を彷徨わせた。

 足音は小屋を回ってこちらに向かってきていた。

 悩んでいる暇はないと、隣家に向かった。

 危ういところで身を隠す事に成功した。どうにかやり過ごし、一安心したのもつかの間で、今度は別のほうから足音が近づいてくる。

 新たな潜伏場所へと移動した。

 人の気配を避けて、村の中へ中へと踏み入れてしまったのだが、夕方村の中がどうなっているか確認していたお陰で、どうにか全てやり過ごす事ができた。

 時間は掛かったが、森の直ぐ側まで来られた。

 屋根の上に上ったり、倒され中身が飛び出している大瓶の中に潜んだり、打ち捨てられた戸の陰に潜んだりして、どうにかたどり着いたのだ。

 お陰で手足のみならず、衣服にまでしっかり汚れがこびりつき、異臭を放っている。特に大瓶の中には発酵中のものがあって、そこの中は鼻が曲がるほど臭かった。

 子供の頃の隠れんぼをした経験がこんな所で生きるとは予想もしていなかった。

 佑茜(ゆうせん)は時折貴族の子弟と諍いを起こし、よく何らかの勝負を行った。最近は克敏に絡むことが多いけれど、昔は馬鹿なボンボンを相手にする事が多かったのだ。

 幼かった頃はその勝負というのが、隠れんぼだとか鬼ごっことかばかりであったのだ。

 隠れんぼだとどちらが最後まで見つからないかという、非常に不利な勝負だ。

 なにせ佑茜(ゆうせん)側は本人と私と玉祥(ぎょくしょう)のみ。

 対する相手はたいていが十人以上。

 己の尊厳をかけている佑茜(ゆうせん)に、毎度無茶苦茶な場所に隠れさせられた。

 真冬に水の入った瓶に入れられた時は、本気で凍え死ぬかと思ったぐらいだ。時には生ごみの中へ潜んだ事もあった。

 それらに比べれば今回はまだマシな方だ。

 側に人の気配は無く、少し油断していた。

 森の横に建つ建物を回り、さあ森へという時だった。

 その建物の影でタバコを吸っている兵がいたのだ。

 まさかそんな所に持ち場を離れて人が潜んでいるとは思っていなかった。

 むしろこんな時に任務を放棄している輩がいるなんて誰が想像できる。

「うわあ!? って、女ぁ!?」

 一拍遅れて男は驚いて叫ぶと、もたもたと腰の剣に手をやり向かってくる。

 私は小さくしたうちをして、剣を抜き男の足に切りつけた。

「うっ」

 膝を付いた男の頭を蹴り飛ばし、身を翻して駆け出した。

 今の声に引かれて兵が来るはずだ。

 男がどうなったのかなど確認する余裕はない。

 背後から声が幾つも聞こえる。

「女だ!女がいるぞ!」

「追え!」

 複数の重たい足音がこちらに向かってくる。

 後ろを振り返ることなく森の中へ飛び込んだ。

 下生えや木の根に足を取られそうになりながら、我武者羅に駆ける。

 声や足音などから何人もの追っ手が付いて来ているのがわかる。

 森や山に慣れている足の速い奴に追いつかれた。

 軽く切り結び、腕や足に怪我をさせて直ぐ逃走する。

 今は私一人だ。相手を殺す必要は無い。追えなくすればそれで事足りる。木々の間を逃げ回りながら、何度かそんな事を繰り返した。

 程なくして遠くに大きな火の手が上がった。

 仕掛けが上手く作動したようだ。

 火の手に動揺したのか、村内の手が足りないと判断したのか、追っ手の数がそうと判るほど減ってくれた。これで少し楽になる。

 まあ、この追っ手を全て撒いて逃走できるかは、五分といったところか。全く分の悪い賭けだ。

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