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偽りの王  作者: ゆなり
86/122

八十五

 正面から受け止めるような事はせず、半身になって交わしつつ受け流す。

 馬鹿力め。

 剣筋を変えただけだというのに、僅かに痺れが走った。

 男は勢い余って少しつんのめるように体勢を崩した。

 迷うことなく、その首筋目掛けて剣を突き出す。

 男は後ろに後退しながら、私の剣を片腕を上げて防いだ。

 僅かに痺れていた影響で力が入らず、篭手で受け止められて、首筋には届かなかった。

 体調が万全ならば、こてをつけた腕を貫き、首筋を刺し貫く事ができたはず。

 力が入らない事もだが、まだ元通りの状態とは程遠い。

 舌打ちする思いで更に一歩踏み出した。

 引き戻した剣を中段から袈裟懸けに切り上げる。

 後退しつつ体勢を整えようとしていた男は、苦しい体勢のまま辛うじてそれを防いだ。

 小柄で力のない相手ならば、今の一閃でその剣を弾き飛ばせたのだが、僅かに押し返すことしか出来なかった。

 二撃・三撃と矢継ぎ早に繰り出すのだが、男は体勢が整わない中、辛うじてそれを防いでいく。

 何度か剣を打ち合わせて、相手の力量は大よそわかった。

 男の剣術は荒削りで、基本がメチャクチャ。素人剣術と大差ない。

 しかし大柄な体格から繰り出される力任せのそれは、十分脅威だ。多少の防具などものともせずに切り裂いてしまうだろう。

 全て受け流すようにしているが、強力なその剣戟に僅かながら手が痺れる。

 いなす事は難しくないし、がら空きの胴体部分ならば幾らでも攻撃を当てられそうだが、残念ながら私は防具を一撃で貫けるほどの筋力を持ち合わせていない。

 確実に息の根を止めようと思ったら、顔面や首筋といった露出している急所を狙うしかない。

 もしくは地道に手足などを狙って機動力を沿いでいき、最後に止めを刺すか。

 微妙な痺れの為に手に上手く力が入らない私には、前者は危険が大きい。後者は安全で確実だが、時間がかかってしまう。

 全く馬鹿力め。

 忌々しさに舌打ちした。

 本調子なら多少の冒険もしただろうが、一応病み上がりの自覚がある私は、迷わず後者を選択していた。

 手始めにと、勢いよく上段から振り下ろされた剣をいなした私は、返す刀で逃げ足を封じるため、右足を強かに切り裂いた。

「うぐっ」

 男は小さくうめいた。

 歯を食いしばり痛みを堪えて前に踏み出してくる。

 切り上げるように振り上げ、馬鹿の一つ覚えのように再び振り下ろしてくる。

 先程と同じようにそれを受け止め、受け流す。

 負傷して足の踏ん張りが弱くなったからか、一度の剣戟における威力が、そうと判るほど弱まっていた。

 骨に響いてくるような威力は無かった。

 これなら行けると、しっかりと柄を握り締めた。

 そんな最中に、視界の端にこちらに突進してくる人影を認め、どうとでも対処できるよう僅かに後退して身構えた。

 男を屠るのに絶好の機会ではあったが、反面私自身が無防備となり、場合によっては致命的な隙となってしまうためだ。

 ただ身を引くだけというのはあまりにも勿体無い。

 少しでも有利に事が運べるように、男の左腕を切りつけておいた。

 利き腕を攻撃したかったのだが、それだけの余裕は無かった。

 身を引いてわずかばかりの安全を確保し、何が起きているのかと目をやれば、堂の中で隠れていた女の一人であった。

 腰溜めに包丁を構え、真っ直ぐ走りこんでくる。

 男へ体当たりをするように背後から突っ込んでいった。

 ドスッと、鈍い音が私のところにも響いてくる。

 思いがけない衝撃に男は前につんのめった。

 勢いあまって倒れるのに巻き込まれてはたまらないので、私は後退して十分な距離を開けた。男は数歩たたらを踏んだだけで、堪えきった。

 怒りの形相で背後を振り返る。

「伏せろ!」

 男に体当たりをかけた女は、私の声に従い、弾かれたように地面に身を投げ出した。

 振り返ると同時に、男が力任せに横に凪いだ剣は空を切った。

 少しでも反応が遅かったら、女の命は無かっただろう。

 私は背後を見せた男に向かって踏み出し、手にしていた剣を首筋の急所目掛けて突き出した。

 肉と骨を絶つ嫌な感触が伝わってきた。

 剣を振りぬいた姿勢で動きを止めた男は、ゆっくりと前のめりに倒れていった。

 首筋を刺し貫いた剣を握り締めていたせいで、男に引かれて数歩たたらを踏んだ。

 どうにか足を踏ん張り、剣を引き戻して抜きさった。

 勢いよく血が噴出して、生暖かい液体が掛かった。

 地に伏せていた女の上に、男は真っ直ぐ倒れていく。

「うわっ」

「あ……」

 女は慌てて逃げ出そうとしたが少しだけ遅くて、女はまともに男の下敷きとなった。

「無事か?」

「なんとか」

 声をかけたら、即座に言葉が返ってきた。

 どかしてやらねばと、男の腕を引っ張るのだが、体格の良い男は重く、しかも私の腕に中々力が入らず難儀した。

 破られた戸から恐る恐る顔を出したほかの女達が手伝ってくれたお陰で、助かった。一人では無理だったかもしれない。

 女たちの手によって助け出された彼女は、寄ってたかって介抱されている。

 私はあまり血を被らなかったのだが、男の下敷きとなった彼女は大量の血を被った。それを拭われたり、衣服を着替えさせたり、甲斐甲斐しく世話を焼いている。誰も無駄口は叩かない。まだ危機が去ったわけではないと、知っているのだ。

 私は放り出された男に目を向けた。

 うつ伏せに倒れた男の背には、包丁が刺さったままだ。

 鎧があるにもかかわらず、半分ほど埋まっている。鎧があるから、それだけしか深くさせなかったのだ。鎧の厚さもあるし、体へは深い傷を追わせられず、急所も外してしまったのだろう。

「双葉さん、大丈夫? 怪我は無い?」

 香麗の声に振り返ると、大きな布を手にして立っていた。

「問題ない」

 言いつつ自分の体に意識を向け……腕に違和感を覚えた。

 左腕に鈍い痛みがあった。

 堂の裏で男の首を絞めた際に、強く掴まれていた箇所だ。赤くなる程度かと思っていたが、それにしてはいつまでも鈍く強い痛みがある。

 堂の内部は暗くて確認できなかったが、月明かりで少しは状態がよく見える事もあり、腕を上げて観察した。

「うわっ、酷いわね」

 隣に立っていた香麗がそう声を上げた。

 数箇所が抉れていた。未だに血は止まっておらず、返り血で手が滑ると思っていたのだが、どうやら自分自身の血であったようだ。

 香麗の声を聞きつけた女達が集まり、数人がかりで手早く治療し、布を巻いていく。

 治療を受けている間、手が空いている者に声をかけて、避難をする準備をしてもらった。

 まず男の死体を一見しただけではわからない場所に隠す事。堂は捜索を受けた後とわかるような荒れ具合にする事。堂に女達が隠れていた痕跡を消す事。

 今後の行動予定については、何通りかの場合別で既に説明済みだ。殆ど戸惑いもなく行動してくれた。

 ちなみに現在のところ、その想定内にある展開である。一点だけ予想外であったのは、男との戦闘に関わってきた者がいたところだ。大丈夫だから手を出すなといっておいたが、それだけでは甘かったという事だろう。

「手はず通り、皆は避難を開始してくれ。説明したように、まずは避難場所を目指すのではなく、村から少しでも離れるように真っ直ぐ進むんだ。私の合図で方向を変更し、本当の避難場所へ向かう事。多少回り道でも、村からは遠ざかるように動くんだ。いいな」

「真っ直ぐに避難場所に向かったらダメなの?」

「村に人がいないとなれば、おそらく山狩りが始まる。昼間に村に人がいたのは知っているはずだから、近くにいると判断し、逃げた村人を追おうとするからだ。少しでも距離を開けておくべきなんだ」

「双葉さん、本当に一人で大丈夫?」

「一人の方が動きやすい。夜の森は危険だが、くれぐれも慎重に。もし敵に出会っても、無理に戦わず逃げるのだぞ。逃げられなければ、できるだけ大勢で相手をする。剣の間合いには入らずに、そこらに落ちている石でも投げつけて弱らせて、行動不能にするように。止めを刺すために不用意に近づけば、反撃を食らう可能性もある。行動不能にしたら関わりあわずに逃げよ。それから……」

「大丈夫。心配しないで」

「まるでお母さんみたいよ」

「あはは。物騒なお母さんだね」

 クドクドと注意している私を遮り、女達は楽しげに言った。

 『お母さん』との言葉に、私は目を丸くした。

 悲壮な空気など欠片も無く、女達は子供等を宥め森の中に分け入っていく。

 何とも逞しい者達だ。

 女達の集団最後尾で、こちらを何度も振り返る香麗の姿が、印象的であった。

 ろくな装備も無く夜の森に入って行かねばならない不安よりも、私の心配が強いようだ。逞しくも気のよい者だ。

 彼女等のためにも、もう一踏ん張りと行くか。

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