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偽りの王  作者: ゆなり
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八十四

 女達は私がそうしたように、戸の所で武器を手に待ち構えていた。

 いつの間に武器などを集めたのか。

 よくよく観察してみれば、それは包丁であったり、無骨な鉈であったり、麺棒であったりしていた。

 自宅から避難する際に、万一の場合のためにとそれぞれ武器代わりになるものを手にしてきたのだろう。心の底から逞しい女達だ。

 私が足音を潜め歩み寄ると、自然と場を譲る。

 手振りで戸から見えない場所に移動するよう指示をすれば、彼女達は静かにかつ迅速に行動する。

 軍のように指示を出す前に行動は出来ずとも、動揺の声一つ上げず動いてくれるのだから、私に言うことはない。

 殺した男の腰元から拝借してきた剣を手に戸の前で身構えた。

『おい、何かあったか? ないならこっちに来て手を貸せ』

 戸を破壊しようとしている男は、苛立たしげにそう声を上げた。

『おい! どうした?』

 返事が返らない事に、不審を覚えたようだ。声音に緊迫感が漂っていた。

 返事がなくて当たり前だ。私の手によって、物言わぬ躯と成り果てているのだから。

 警戒しているのか、慎重な動きで戸を破壊している。

 戸が薄っすらと破れた箇所から中を覗き込み、何度か怪しい人影などがない事を確認している。

 女達を戸から離しておいて正解だな。

 近くに大勢で潜んでいたら、確実に見つかってしまったはずだ。

 破られた場所から姿が見えないよう体勢を変えつつ、私はその時を待った。

 地方軍の兵といえば、その大半が兵役で務めている者達だ。

 職業として軍務に就いている者は多くない。国境沿いで軍備を充実させねばならないと言う理由が無ければ、まず精鋭と呼ばれる隊など存在しない。

 この辺りは国境と言っても、隣接するのはまず逆らいそうに無い小さな属国で、無防備とまでは行かないが、まともな軍は置かれていない。

 だが今回のような隠密行動を求められる作戦で、殆ど訓練を施されていない素人と言う事もありえない。兵士の実力はそれなり程度の能力と思われる。

 軍に所属する兵の実力は、属する部隊ごとに無残なほど差があるのだ。

 軍人の家系で幼い頃より訓練を積んだ者達で構成された隊と、民の中から徴兵されまともな訓練も施されていない隊で、実力にさがあるのは当然の事だ。

 前者は帝都の守りや前線の国境の守りなど、国の要たる場所に配置される。

 後者の場合は必要に応じて徴兵などで構成され、補給部隊や工作部隊に配される事が多い。能無し司令官の場合だと、前線で捨石代わりにも使われる事すらある。

 将や隊長など組織を束ねるものはともかく、伍長となれば徴兵組みの中で腕が立つ者が務める。あくまでも兵役について、初めて武器を取ったような者達の中で、比較的腕が立つと言う程度だから、その技量は高が知れている。

 私の腕前はあまりよくないが、伊達に幼い頃から己よりも腕前が格上の暗殺者を相手にして、生き延びてきてはいないのだ。佑茜や克敏皇子、その側近である衢雲級の達人相手では全く敵わないが、軍の精鋭が相手の殺しあいであっても、一対一ならば良い勝負が出来ると自負している。装備面で圧倒的に不利であるという点や、身体能力が劣ると言う点を加味すれば侮れない相手ではあるが、互角以上の勝負に持ち込めるだろう。

 戸を蹴破った男は、直ぐに堂内に踏み入ってくる事はない。

 慎重に窺い中を確認する。

 戸から差し込んだ月明かり以外に光源はなく、戸の陰になるよう身を潜めた女子供の姿は確認できなかった事だろう。

 男は慎重な足運びで、そっと堂内に踏み入ってきた。

 私は戸の陰から身を躍らせ、男の首筋目掛けて剣を繰り出した。

「!」

 男は半ば反射的に身を引き、上半身を逸らしながら私の攻撃をかわした。

 しかし完全に避けきる事はできず、剣は浅くその首筋を裂いた。

 男は手にしていた武器を力任せになぎ払い、私は苦しい体勢ながら手にしていた剣で受け止めた。

 二・三歩踏鞴を踏み、どうにかその衝撃を耐える。

 私が体勢を整えるその間に、男は後ずさって私から距離をとった。

 舌打ちをしたい思いで私は男に向き直る。この一撃で奴を葬り去れなかったのが悔やまれた。

 体勢を整えるその隙に逃げられて人を呼ばれたら事だ。もちろんそれを見逃すつもりはないが、体勢を整える間のわずかな後れが致命的なものとならないとは限らない。

 重い装備を身につけている男と、身軽な女の私では、身体能力的に良い勝負であろう。人を呼ばれる前に追いつき、男を始末できるかは、かなり未知数である。

 男の知らせに人がやってくるには、それなりに時間がかかる。

 即座に身を翻し村へ向かうのであれば、男を追うよりも先に女達を逃がした方が良いかもしれない。

 男はどうするかと目だけで伺えば、私の危惧を覆して逃げる素振りは全くない。身を翻して逃げるのではなく、こちらに向かって大きく前に踏み込んできた。

 私は顔が綻んでしまうのを押え切れなかった。

 この場合は、私を捕らえたり殺したりするよりも先に、知らせを出すなり人を呼ぶのが定石だ。間違っても単独で挑むべきではない。

 もしかしたら、私が女だから逃げる事は恥と考えたのかもしれない。

 男は大きく剣を振りかぶり、勢いよく振り下ろす。

 その威力は置いておいても、無駄な動作の多い、隙だらけの剣戟だ。

 振り被ってがら空きになった胴体や喉元に剣を突き出せば、簡単に命を刈り取れるだろう。

 しかし体勢を崩していた私は、その隙を生かせなかった。

 どうにか体勢を立て直して、その剣戟をいなす事しか出来なかった。

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