八十一
薄暗闇の中、香麗が食事を手にやってきた。
「夕餉には少しばかり早くないか?」
「ええ。今晩は火を使えないから、早めに用意することになったのよ」
私は最初、何らかの儀式があるのだろうと考えた。
火を使わないというのはあまり聞いた事はないが、地域地域で様々な仕来りなどがあり、そういったものの一種なのだと判断したためだ。
「判った。灯りも付けてはならないのか」
「不便だと思うけど、我慢してね。万一灯りを見つけられたら危険だから」
……灯りを見られたら、危険?
つまり――、何らかの理由で敵対している相手がおり、それらから身を隠すために、灯りを付けない=火を使えないということか。
「その話、詳しく聞かせてもらいたい」
香麗は戸惑いつつも、私の求めに応じて話し始めた。
彼女の話しぶりは、順を追って理路整然とは行かなかったのだが、適宜質問しつつ大よその事を聞き終えた。香麗自身の私情や根拠の無い推論なども含まれていて、全体を把握するのに手間取ってしまった。
要約すると、村のありようについて問題が出ている、という事だ。
私が睨んだとおり、この村は隠れ里といったものであった。いわばこの村が小さな国なのだ。村人達は共同体を構成して、互いに金を出し合い村のためにそれを使っている。
通常ならば役人がいて、彼等が税を集め王がそれをどの様に采配するか決めるのだが、この村から国に税を納めていない。そのため国から目を付けられている。
村の中だけで完結していて、他と接点がなければ国も気付かなかっただろうし、大目に見てもらえたかもしれない。
だが近隣の村と農作物を売買したり、それなりに経済活動を行っている。すると当然国も村の存在に気がつく。
近隣の村も税を納めていないこの村の人々に対して、良い目を向ける事はなかろう。
ある意味当然の帰結だ。
しかしながら、今までは村の所在地が不明なために、強硬な手段に出られたことはなかったらしい。
村の場所を探るためと、村人を捕縛するために中規模な行軍が行われる事となった。
その対応のために、二若は忙しくしていたらしい。
といっても、各種罠を仕掛けたり、雑用のようなものであったそうだが。
そして今夜、その行軍が実行される。
事前の策が功を奏して、軍が人員を配置させている場所は、村からだいぶ離れた場所であるそうだ。
男衆は迎え撃つために村を出払っており、残っているのは女子供ばかりである。万一を考えて、火を使わないようにしている。灯りから場所を割り出されないためだそうだ。
聴き終えて私は真っ先に罠だろうと、そう考えた。
二若を偵察などに使えば直ぐにでも判りそうなものだが、奴が受け持っていたのは雑用だ。相手側とある程度接触していなければ、例え二若とて気づく事はあるまい。
香麗の知らない事情や、直接見聞きしているわけでもない私の判断だから、間違っている可能性はある。
だが、どう考えてもおかしい。
村の場所がわからないから、と香麗は言うが、私ならば密偵を使い、確実に村の場所を把握してから行動に移す。
このような案件の場合、あやふやな情報だけで軍を動かしたりなどしない。
ならば、なぜあさっての場所に軍を展開させるのか。
答えは一つしかない。軍隊が囮である問い事だ。
村の中の厄介な相手を引き付けておき、その間に抵抗する術のない女子供を拘束して、それを人質として男衆の投降を促す。
おそらく作戦としてはそんな所だろう。
単純な策だが、効果的だ。特に軍を囮に使うなど、それが取りうる手段の一つとわかっていても、費用面や村を襲う本隊へ割り振る人員が限られるという欠点から、二の足を踏む方法でもある。
私の記憶では、この地方を統括する役人は、あまり有能ではない。
こういった大胆な策を取りそうにない人物だが、配下にそれを実現できる人物がいるのかもしれない。
逆に私の考えすぎで、香麗の言う通りなのかもしれない。
もし私の考えが正しいのならば、何か対策を講じておかねばなるまい。