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偽りの王  作者: ゆなり
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七十九

 バタバタと騒々しい足音を響かせて、二若が姿を見せた。

「香麗! お前、」

 香麗と呼ばれた娘はギクリと肩を揺らして二若を見上げた。

「あ、の。御免なさい。どうしても双葉さんと話がしたくて、その……」

「話は後で聞く。とりあえず、」

 二若は途中で言葉を切り、身をかわした。

 二若がそれまで立っていた場所を短刀が通過して、ダンッと鈍い音を立てて引き戸に突き刺さった。

 香麗と二若の目が同時に私のほうへと向けられた。短刀は、私が服の下に隠し持っていたものだった。それを本気の力で投げつけたのだ。

 二人が見守る中、私は敷布の上からゆらりと立ち上がった。

「ふ、双葉さん……?」

 香麗の言葉を無視して私は二若に殴りかかった。

「まて! 何を聞いたのかは知らないけど、誤解だ!」

「黙れ。我らに伏せて勝手に子を作るなど、なんて真似をした! この愚か者が!!」

 私の繰り出す拳や蹴りを避け、二若は後ずさる。

 それを追いながら、戸に突き立ったままの短刀を抜いた。

 短い得物というのは慣れていないが、扱えなくはない。短刀を構えて向き直れば、困惑していた二若の表情が引き締まった。

 二若が構えを取るのを待たず、切りかかる。動きの鈍い私の攻撃など、奴には物の数ではないようで、あっさりと避けてしまう。

 振り下ろした私の手の下をかいくぐりながら、短刀を握る手をつかみ武器を取り上げようと動く。

 それは私の予想内の行動だった。

 足を踏み出し二若の片足を力いっぱい踏みつけると同時に、掴まれていた腕を曲げて肘で奴の鳩尾を打った。二若は慌てて私から距離をとった。

「ちょ、待て。子供って」

 本気で焦った表情で問うてきた。

「言い訳など聞かぬ。その腐った根性を叩きのめしてくれる」

 殺す気などはなかった。ただ、本気で痛めつけてやるつもりだった。

 短刀で切りつけると見せかけて殴り飛ばし、反撃されないことをいい事に蹴りつけてと、力いっぱい暴れた。

「いきなりこんなに動いたら不味いって! 双葉、後でいくらでも殴られてやるから、落ち着けよ!!」

「喧しい! 父親となったのなら、何故子供を何よりも優先しない! 私達に構っている場合ではないだろう!! こちらに連絡を入れないというのは、仕方がない。理解はしてやる。だが、それならばお父様が我等を導いてくださったように、お前が付きっ切りで子を導いてやらねばならないだろう!」

「だから、何なんだよ、その子供ってのは!?」

「まだ言うか!! 裏切り者!」

 流石に息が上がる。

 久しぶりに体を動かしたためだ。

 これ程までに鈍っているとは思わなかった。体が重くて思った動きが出来ない。

 私に良い様に殴られ、そして蹴られているというのに、二若は一度も私に手をあげようとはしない。怪我をさせないように取り押さえようと手を伸ばしてくるが、それだけだ。

 二若はそういう奴だと、私は知っている。知った上で攻撃しているのだ。

 これだけ攻撃し続けているのに、二若は大して痛手を受けているようにはみえない。肩で息をしている私と違い、涼しい顔をしている。

 頑丈さも、体力も、腕力も、何もかも適わない。

 同じ顔立ち、同じような体格、なのにどうしてこうも違う。

 私のなりたかった姿、私の欲しかった力、それがあれば叶えられ選択する事の出来た将来があった。力がなくて、体力が足りなくて、この手のひらから零れ落ちた幾つもの命のことまで思い出してしまい、悔しくてならなかった。

 そうだ。わたしは二若になりたかった。偽者などではない、本物となりたかったのだ。

 息が切れて足元がふらつく。

 怒りに我を忘れて、大降りを繰り返してしまったためだ。私は相手に攻撃させて、身を守りつつ相手の隙をうかがい勝利をもぎ取る。こんな風に己から攻撃を繰り返すなど、常ならばありえない行動だ。

 そんなことにすら気付けないなんて、どうやら私は、二若とあってから随分と気が緩んでいるようだ。安心できる相手だからと、無条件で甘えてしまっているのだ。

 動きの鈍くなった私は、二若の手に捕らえられた。

 短刀を持つ手を押えられて、一本ずつ指を引き剥がすようにして取り上げられてしまった。

「このっ、放せ!」

「落ち着け。また体調が悪くなるだろう」

「煩い! 黙って殴られていろ!!」

「体調がよくなったら幾らでも殴られてやるから、頼むから今は落ち着いてくれ」

 癇癪を起こしている子供のような私を、二若は必死に宥める。

 それがまた酷く悔しくて、自分自身が情けなくなった。

「香麗が何を言ったかは知らないけど、子供なんていない。俺はお前達を裏切ってなんかいない。判るだろう?」

 嘘を言っているかどうか、私なら”見れば”判るだろうと二若は暗に告げてきた。

 そうだ。

 確かに見える。

 二若が今私に向けているその感情は、強いその想いは嘘をいっているような色をしていない。

 目で見て確認してしまったのだから、それは間違いがなかった。

 私は暴れるのを止めた。

「香麗、お前は双葉に何を言ったんだ?」

 唖然としてやり取りを見ていた香麗に、二若はそう問いかけた。

「え、と。イチが好きだって話しか……」

「本当に?」

「ええ。イチの帰る場所でありたいとは言ったけど、それだけ」

「子供の話は?」

「子供と貴方の帰りを待っていたいと言ったわ」

「成程ね。……双葉、香麗は子供がいるって言ったんじゃなくて、将来、”子供が出来たら”の話をしていたんだ」

「今現座、”居る”という事ではないのか? 一緒に待っていると言ったぞ」

 私の言葉に香麗が首を振った。

「居ません! 欲しいのは事実だけど、イチはあたしを相手にもしてくれないし、それ以前の問題っていうか、その、全部あたしの希望なんです」

「……そうか」

 なにやら釈然としないが、私は頷いた。

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