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偽りの王  作者: ゆなり
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七十八

「イチが自由を好んでいるのは知っています。一箇所に落ち着くことの出来ない人だって。あたし、そんなイチが好きなんです。ずっとずっと、イチだけを見てきた。彼と一緒に生きて行きたいんです」

「奴を好いていて、夫婦となりたい、ということか?」

 脈絡の無い言葉の洪水に戸惑いつつも、娘の言葉を要約して訊ねた。

「め、夫婦だなんて……」

 娘は顔を赤くして俯いた。

 どうやら違っていたらしい。さて、そうとなるとどういう意味だろうか。

「好いているから、養子に欲しい……という意味だったか?」

 何か更に意味合いがずれてしまっていると思うが、他に思い浮かばず自信なくそう訊ねた。

「えっ、違う。いえ、違わないんだけど!」

 娘はしどろもどろに言葉をつむぐ。

 あちこちに視線が彷徨い、手を意味も無く上下し、外部にいるものへ何らかの合図でも送っているのか?

 外の気配を探るが、誰かが潜んでいる様子は無い。

 私には意味がサッパリわからなかった。

「あのあの、夫婦になれれば嬉しいなっていうか、そうなるのが理想なんです。でも、イチって放浪癖があるでしょう!? 結婚して一所に留まるなんて無理だし、自分の気持ちを抑えてまで側に留めておきたくないわ。えっと、だから、なんていえばいいんだろう」

 娘は天を仰いでウンウンと唸り始めた。

「よく判らんが、奴をくれと言われてもやれぬぞ」

「あたしじゃ駄目なんですか」

 天を仰いでいた顔を戻して、生真面目に問うてきた。

「私に奴の所有権はない。身内であっても本人の意思を無視して譲ってやるわけにはいくまい」

 人を物のようにやり取りする輩はいるが、私はそれを嫌悪している。ましてや対象が身内となれば、認められるはずは無かった。

「あたしのような人間は、イチの嫁とは認めてもらえないんですか」

「……一族に嫁いでくると、そういう意味だったのか?」

「嫁ぐだなんて、そんな大それたことを望んでいるんじゃないんです。ただ、イチの家族の一人として認めて欲しいなって、それだって随分な事を言っていると思うし! えっと、そう! 何処を放浪していてもいいから、あたしがイチの帰る場所でありたいんです。いつでも帰って来たら心から落ち着けるような、そんな場所で、……子供といっしょに待っていたいなって」

「こ、子供!?」

「ええ。イチに子育てなんて無理だろうし、一所に落ち着いて家庭を持つなんてありえないでしょうから、あたしは一人で生んで一人で育てるつもりです。村の中にはそういう女の人は何人もいるし、あたしにだって不可能ではないと思うんです」

 最後の方は殆ど耳を素通りしていった。

 ただ、この娘が二若(ふたわか)と恋仲にあり、そして子を持つような間柄なのだという事ぐらいしか頭に入らなかった。

 突然思いもよらない話題を持ち出され、私は言葉が無かった。

 二若(ふたわか)の子供。一族の血を引く子供。次代の王たる子供! 全ての前提が根本から崩れ去っていくような衝撃だった。

 だが、それよりも何よりも、私の中では怒りが勝っていた。

 怒りを抱くことこそ言いがかりのようなものであるとも理解している。それでも、どうしても膨れ上がる怒りを抑えられなかった。

 私を、私たちの国を、私と三姫(さんひめ)を、二若(ふたわか)は裏切っていたのだ。

 自由に生き、何者にも縛られず生きて行ってくれれば、それだけでよいという思いは紛れもなく本心だ。

 だがそれでも、子を儲けていて何の知らせもなく、そしてそれを隠そうという行動は裏切りとしか感じられなかった。

 他の誰が裏切ろうと、二若(ふたわか)だけは裏切らないと思っていた。

 力にたとえなれずとも、私や三姫(さんひめ)を思っているだろうと、私たちの信頼を裏切る真似はすまいと信じていた。

 私と三姫(さんひめ)はそれがどうしても必要ならば、互いを切り捨てる事を躊躇しないし、それが自分自身であっても同じ事だ。国のためならば互いを裏切り、自分自身さえ裏切る事があると、私達は知っている。

 二若(ふたわか)だけは国がどうなろうと私達の身を案じ、それに否を唱えてくれる。二若(ふたわか)だけは私達を想ってくれるのだと、たとえ側には居らずともその存在に支えられ心が救われてきたのだ。その信頼を裏切るような行いが、許せなかった。

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