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偽りの王  作者: ゆなり
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七十七

 敷布の上で身を起こし、ボウッと外を眺めていた。

 体調はほぼ元通りだが念の為に休んでいろとこうして療養している。

 療養だとかは、半ばただの口実で、外部との接点を持たせないための方便だ。

 ここが政府から離れた隠れ里というのならば、”私”はそれを極力知らない方が良い。

 恩のある村とはいえ、必要ならば、そしてそれが有効ならば、私は村の事を躊躇なく利用するだろう。

 非道なその選択をする自分を蔑みはしても、それに後悔することは無い。

 私はそういう己を知っているから、二若の思惑通り知らないことを選んだ。

 知らなければ、私がこの村を利用し、そして害する事はないからだ。

 執政者としては間違った判断なのだろうが、それでいいと思っていた。

 そこまで私は人の心を忘れて生きていきたくはない。

 二若曰く、ここは私の国ではないこともその大きな理由だ。

 外を出歩かず、あまり体に負担をかけないよう安静にし、手慰みな書類仕事も無く、私は時間をもてあましていた。

 片付けねばならない案件、処理しなければならない問題、決裁しなければならない書類それらが何一つ無く、考えなければならない事案も情報不足で結論は出せないし、この余暇を利用して体を鍛えようにも安静中ではそれも無理。

 睡眠を取ろうにも、眠りすぎたのか一向に眠れない。

 すべき事、できる事がないというのは、なんと言う苦痛だ。

 いつも山積みの問題対応に文字通り寝る間も惜しんで動き続けてきたから、こんな時どうすればよいのかわからない。

 あまりの手持ち無沙汰に苛立ちが湧き上がりそうだ。

 外を眺めて何とか気持ちを静めていた。

 そんな私の耳にギシギシと床を踏みしめる音が届いた。

 大きな音ではないがだいぶ離れたところから聞こえる。当然の事だが二若の足音ではない。奴の足音は常識はずれなほど密やかで、この私でもごく近くまで近づかれないと気付けないほどだ。

 二若以外のものがここにやってくるのは、私が目覚めてからは初めての事だ。

 一体何者だろうか。こんな風に存在を明らかにして近づいてきて、本職の暗殺者とは思いにくいが、油断は禁物だと気を引き締める。

 服の下に隠し持っていた短刀を確認し、警戒しながら次の動きを待った。

 二若を訪ねてきたのならよい。だが、今ここに居るのは私だけで、二若は不在だ。もし二若がいない時を狙ってあえてやって来たのだとしたら。

 自分の体が十全ではない事を私はしっかりと認識している。

 体感的にはほぼ普段どおり動けそうだが、過信は禁物だ。

 常の三割ほど動ければ上出来と思っておいたほうがよい。

 ただでさえ私の武術の腕は頼りないのだから、可能な限り相手の油断を誘い、事を有利に運ばなければならない。

 警戒はしていてもそれを相手に見せず、悟らせず、無害と思わせる。

 情報を吐き出せるだけ出させて、そこから対応を考えるべきだろう。

 待ち構える私の前に姿を見せたのは、若い娘だった。

 筋肉だるまの馬鹿か、腕の足りない若造かと身構えていた私には、若い娘という意外な姿に僅かに驚いた。だが、そんな思いは胸のうちに沈め、努めてボンヤリとした眼差しを向けた。

 若い娘の刺客がいないわけではないし、若い娘の工作員だって少ないながらもいる。私のように女であろうと軍務についている人間だっているのだ。若い娘だからと油断してよい理由にはならない。

 見た目から侮りを誘引するのを思えば、慎重にして過ぎる事はない。

 その娘は落ち着き無く辺りに目を彷徨わせた後、戸惑ったように口を開いた。

「あの、イチは……?」

「ここには居ない」

 見たままの答えを返しながらも、これが演技ならばたいしたものだと考えていた。

「そ、そうね。実は双葉さんに直接聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

 私は目を眇めそうになるのを取り繕った。

 彼女は私の反応には気付かず、それどころか私のほうをあまり見ようともせず、言葉をつむぐ。

 私の事を探りにきたのならば、反応を観察する事も込みでなければ意味が無い。何がしたいのか私には理解しがたい反応だった。

「イチと双葉さんって、どういう関係なの」

「……何だと?」

 私は自分の耳で聞いた言葉が信じがたく、聞き返した。

 こんな意味の無い問いは初めてで、面食らってしまったのだ。

 私と二若は顔が似ている。瓜二つといっても良いほどだ。

 誰が見ても血のつながりを確信するはずで、一緒にいて兄弟以外に見られたことなど未だかつて無い。

 もしや盲目なのか?

 それにしては目の見えないものの動きではないような気がする。

 私が不信感いっぱいに注視していると、彷徨っていたその視線が定まり、私を真っ直ぐ見つめてきた。

「双葉さんは、イチのお姉さんか妹さん、ね?」

「ああ」

 私が頷くと、彼女は大きく息を吸い込み、ガバッと頭を下げた。

「あたしにイチをください!!」

 突拍子も無いその台詞に、私は目が点になった。

 ……何だってぇ?

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