七十五
ガサガサと下生えを掻き分け近づいて来る気配に、條は顔を上げて目を向けた。
耀はその視線に応え、片手を上げ合図をした。
かがみこんだ体勢であった條は体を起こし、大きく伸びをした。
ずっと腰を曲げた姿勢でいたため、体の節々が痛み條は顔を顰めた。
耀が側まで来るのを待ち、條は口を開いた。
「宮の様子は? 佑茜様はどうしている?」
「若様が討たれたというのに、静かなものだ。朱晋を捕縛処刑することでお茶を濁すつもりだろう」
「主君殺しの汚名を着せて、全ての責は朱晋に押し付けるという事か。間違っちゃいないが、ウチの反発など痛くも痒くもないという態度が透けて見える」
「そうなるよう、若様があらかじめ準備していたのだろう」
條は耀の言葉に頷いた。
「最近の若様の動きを思い返せば、そうだろうな。崖から転落したのもわざとならば、無事でいてくださると思うが……。もし何らかの思惑あって姿を隠されたならば、何かしら俺達に指示を残されると思うと、な」
條は横手を向き、ここにはない景色を見据えるかのように、遠い眼差しとなった。
「あの崖から転落されたのでは、若様とて無事ではすまない。早く見つけて差し上げねば」
條の言葉に、主が転落した険しく高い崖を脳裏に描き、耀は力強く頷いた。
「そうだ。なんとしても、佑茜様よりも早く発見し、そして隠匿しなければならない」
「やっぱり何かしているのか?」
意外さは欠片も見せずに、條は顔をしかめた。
それに淡々と感情の篭らない声音で答える。
「官吏達に言わせると、腹心の部下を亡くした苛立ち解消に、狩で憂さを晴らしているそうだ」
「つまり、佑茜さまも若様を捜索していると、そういう事か」
條の出した結論に耀は頷いた。
「しかも克敏様の下で飼育されている軍用犬を数頭強奪してまでだ。真祥殿をどこぞへ派遣して、なにやら色々動かれている。急がねば不味い」
「そのこと、伶にはもう言ったのか?」
「ここへ来る前に寄って、先に話して来た。佑茜様の動きもあるし、姫様にご報告し対策を取って頂く為に、伶は国に急ぎ戻る事になった」
「そうだな。事が事だから報告を他の人間に任せることは出来ないし、そういうのは伶が一番適している」
「伶が戻ってくるまでに収束させられればいいが……」
ため息交じりの耀の言葉に條は苦く笑った。