七 酒盛り
「まだ日も高い時刻に、何を仰ってるんですか。執務もおありでしょう」
両方の皇子に向けて私は進言した。特に克敏に向けて。佑茜に訴えても無駄だからだ。
私の言葉に、克敏は否と首を振った。
「佑茜が来た時から今日は無理だと判っていたからな。危急の物だけ急ぎ片付けて、残りは明日に回した。問題はない」
克敏からは、とんでもない台詞が返ってきた。
確かにその通りではあるし、その対応は凄く正しい。だからと言って頷けるものではなかった。
私の頭に手が置かれた。
振り仰ぐと、佑茜は暢気に言った。
「あまり難しく考えるな。禿げるぞ」
克敏の手回しのよさに比べ、佑茜はあくまでも適当だ。
「佑茜様は溜まった決裁書が残っておいでです。下に示しがつきません」
一応は抵抗を試みるのだが、無理だろうと内心では諦めてもいた。
佑茜がこうと決めたら、それを撤回させるのはほぼ不可能だ。
「心配するな。あの連中は俺がいなくとも、きちんとやるさ」
佑茜は王都の警備隊の半分を統括している責任者だ。
そして残りの半分を統括しているのが、兄の第三皇子。
克敏と違い、第三皇子とはよほど気が合わないのか、同じ立場でありながら殆ど交流がなかった。
逆に職務とは全く関係のないはずの克敏とは、警備隊員達の訓練と称して克敏配下の軍と、合同で実戦形式でやりあう事もあるくらいだ。
部下を巻き込んで何をしているのか、そういう批判が来ても良さそうな物だが、皇子達は上手く立ち回っているようだった。
佑茜配下の者達は警備隊員のため、模擬戦は市街地制圧戦を想定して行われる。
そしてその戦歴は五分といったところだ。
しかもその相手が優秀と名高い克敏配下の者達だ。
本職の軍人に引けをとらないその戦いぶりから判る様に、佑茜の統括する警備隊は無駄に優秀だった。
おかげで佑茜をはじめ、私たち上官がするべきことは殆どなかった。
せいぜい予算編成をしたりといった書類仕事があるくらい。
あんまり隊員達が優秀なため、佑茜は私と玉祥を鍛えてもらって来いと、そこに放り込んむこともあるくらいだ。
余計なお世話だと、何度言いかけたことか。そして警備隊の隊員たちにしてみれば、佑茜やその側付など居ない方が、よほど仕事がやりやすいだろう。
むしろ私や玉祥が居ては、仕事がし辛くて仕方が無かったはずだが、私達の目から見ても足手まといが居てすら、立派に仕事をこなしていた。
確かに彼らなら多少書類が滞っていようが上司がいなかろうが、立派に職務を遂行するだろう。そんな事は言われずとも判っている。
だが、それとこれとは別の問題だ。部下達の優秀さに胡坐をかいていてはならない。
玉祥に目を向けるが、諦めろと宥める様に肩を叩かれた。
どうやら明日は普段より早く起きて、書類を片付けねばならないようだ。
がっくりと肩を落とした。
克敏とその側近方は、私たちのそのやり取りを面白そうに眺めていたが、何も言わなかった。言っても無駄だからだろう。
克敏の宮の中に場所を移す。
運ばれてくる酒や摘まみを、暗澹たる気持ちで見る。
最初の一杯目を空けたところで止められ、ついほっとしてしまった。
事もあろうに、それを佑茜に見咎められた。
「あからさまに顔を出すな。舐められるぞ」
佑茜の言葉は尤もだ。
私は素直に頷いた。
「二若、災難だったね」
隣に座った玉祥が言う。
いいやと私は首を振った。
「あれは私の不注意だ。もう少し慎重に行動していれば防げた事だ。衢雲殿には失礼な真似をしてしまうし。衢雲殿と手合わせするような機会などめったにないのに、勿体無いことをした」
ため息交じりの言葉に、玉祥は否定も肯定もしない。
たとえ勝てなくても、自分より格上である衢雲と手合わせする事は、私には不利益にはならない。不利益どころかとても有益であったはずだ。とても勉強になったはずなのだ。
その機会をみすみす逃してしまうなんて、かえすがえすも勿体無いことをした。
手合わせ直後の居た堪れなさが薄れ、貴重な機会の喪失を惜しむ気持ちが占めるようになっていた。