六十四
揺ら揺らとした感覚に目を覚ませば、二若に背負われて川沿いを進んでいた。
あたりは薄暗く、まだ日の出前のようだ。
「この川は天曼河に注ぎ込む支流の一つ。川沿いに南東へ向かえば、今日中には天曼河にぶつかる」
天曼河は西から東へと流れる大河だ。
帝都の北西で大きく蛇行し、帝都の西から南へと回り込むようにして流れ、帝都の南からまっすぐ東へと向かう。
そっち方面には何があっただろうかと、私は記憶を探った
二若が落ちた崖のある狩場は、帝都から見て南東に位置する。
そこから南東へ向かう場合を考えた時に、真っ先に思い浮かんだのが真祥の故郷である、視察先だ。天曼河を下って東に向かえば、視察先につながる街道へ出られる。その街道を南に向かって進めば、一週間ほどで到着する。
逆に北に向かえば、帝都から東西南北に伸びた大街道の一つ、東大街道へ出る。
わざわざ大街道に出るためならば、はじめから北へ向かうべきで、それはありえない。南に向かう大街道へ出るのであれば、西に向かうべきで、これもまたありえない。
その支街道から南へ向かわずに、そのまままっすぐ東へ川沿いを行けば、海だ。
南へ向かえば、視察先の更に先は未開と言われるほど深い森が広がっている。だがそこは、開墾者と同じくらい、帝都を追われた犯罪者の多く住まう土地と聞く。
もしやそこへ向かっているのだろうか?
それとも海に出るつもりなのか?
いや、それ以上に、このまま川を下っていては、私(二若)の捜索隊とかち合わないとも限らない。
クククと二若が笑った。
「この川は、あの崖のあった沢とは違う」
笑みを含んだその声音に、私はいささかムッとした。
「そうなのか?」
「当然。一姫と合流して即行で離れたさ。ちゃんと指示通りにね。着ていた服も流した。見つかる可能性は低いだろう」
「……」
「この辺は地形の関係か、幾つもの沢が流れているんだ。崖から落ちた俺が流されていたとして、どこの支流を通るか捜索隊は見当もつかないはずだ。当然のことながら人員は分断して探し回る事になる。わざわざ無関係な川の方までは足を伸ばしてくる事はないだろう」
「ここは禁足地なんだぞ。なぜそんな事をしっている」
「見つからなきゃいいんだよ。ここは薬草なんかも豊富で、皆こっそり入ってるんだ」
「阿呆。危険をわざわざ冒してえばるな」
私は呆れるやら腹が立つやら複雑だった。
「人の事を言えた義理か」
二若の言葉に、反論できなかった。
私は何度も危ない橋をわたって来た。二若がそれを知っているとは考えられないが、少なくとも今回の企みに関して言えば、その危ない橋の極地で、それを責められたら反論できようはずもなかった。
「一姫は船酔いはするか?」
「……なぜ?」
「船に乗る」
「海に出るのか」
「いいや。三姫のとこに行くんだよ」
「……はあ!? お前、何を言っている! 方向が逆だろう!」
私は二若の頭がどうかなってしまったのかと思った。
祖国は、向かっている方角とはまるっきり逆方面だ。
帝都から出る西大街道を進み、途中から北上しなくてはならない。
こんな南東に向かっていては、見当違いにも程があった。
「だから、船で行くんだよ」
「客船か? しかしあれらは帝都から西へはあまり行かないだろう?」
「違う。輸送船。荷物代わりに労働力を対価にして、隅っこに乗せてもらうんだよ。これでかなりの距離が稼げる」
民間輸送船があるのは知識としては知っている。
外観をみたこともある。
中も一応は取締りで立ち入った事があるから見知っている。
人の寝起きするような余裕は全くなかった。
軍艦でも、兵士達が寝起きする場所はとられていたが、輸送船にはそういった部屋はなかった。
どこも荷物だらけで、よく沈まない物だと毎度感心していたものだ。
……あれに、乗り込む?
私は全く想像もできなかった。