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偽りの王  作者: ゆなり
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六十

 最初に感じたのは息が上手くすえないような息苦しさだった。

 そして身体は熱いのに凍えるほど寒く、体が鉛のように重い。

 あの時、てっきり死んだものと思ったのに、私はまだ生きているようだ。

 そうだ、死ぬはずがない。死ぬことなどありえないのだ。

 私はまだあの崖で、朱晋と向かい合ってすらいない。

 私の見たものは、いずれ起こる現実でしかない。それが未来であろうと、すでに私の中では一つの過去の形となって存在している。

 例えどんな事があろうと、何をどう足掻こうと、どれほどありえそうにない未来であろうと、過去が変えられないように、私の見た未来もまた変えられないものだ。

 だから死ぬ筈などないのだ。

 あの襲撃からどれほど経ったのかわからないが、早く動けるようにならないと話にならない。

 少なくとも狩猟会までには、ある程度は回復させておかないと、ろくな抵抗ひとつできず殺される事になる。

 幾らなんでもそれは駄目だ。そのような事承服できるはずがない。

 自分を殺す朱晋に、一太刀なりとも手傷を負わせる位したい。

 くだらない意地だろうが、行く末が変えられないのなら、そのぐらいの死に花を咲かせねば、幾らなんでも自分が惨め過ぎる。

 ゼイゼイと荒い息をつきながら、閉ざしていた目蓋を開いた。

 たったそれだけの事が酷く億劫だった。

 目に映ったのは黒い天井、橙色の灯り。

 明らかに自室ではなかった。

 あれから一体何があったのか、全く想像も出来ない。

 グラグラと回る視界に気分が悪くなりながら、頭を横に傾けるのも難しく、目だけを周りにめぐらせた。

 そうして判った事は、黒い天井と見えたのは自然の岩だって事だ。

 広めの空間となっていて判りにくかったが、紛れもなく天然の洞窟だった。

「まだ暫くは眠っていた方がいいですよ」

 ウロウロと視界を巡らせている私に、低く柔らかな声をかけられた。

 視界の中にはその姿はなく、意思の力を総動員して声の方に顔を向けた。

 すると、穏やかな雰囲気の、中年と青年の中間ぐらい年齢の男が、地べたに座ってこちらを見ていた。

 黒尽くめの仲間だろうかと最初に考えた。

 だが、すぐにそれは違うと思い直した。

 男には敵意は全くなかったのだ。

 強いて言うのならば、好奇心や興味といった感情しか見て取れなかった。

 グラグラゆれる視界では、それだけ見て取るのもかなり消耗した。

「双葉さん、私は怪しいものではありませんよ。そうですね、強いて言うのならイチの師匠という存在です」

 それで全てわかるだろう、男はそういう様子だった。

 この場合、双葉というのが私の名前ということか。

 私をここに連れてきたのはこの男なのか。助けたのはこの男なのか。口ぶりからは違うのではないかと思わせた。

 仲間がいて、そいつが私を助け連れて来たのではないか。そう思わせた。そしてその仲間の名前がイチという者。

 だが私はイチという者が判らない。

 もしかしてイチというものがあの黒尽くめのことなのだろうかとも、僅かに考えた。だが私を殺しに来た者が手当てをして、なおかつ看病などする理由がない。

 そんなはずはなかろうとその可能性を排除した。

「急いで治療し解毒しましたが、当分まともに動けないと思います。命が助かっただけましと思ってくださいよ」

 男はのほほんと告げた。

 悪寒に身体を震わせながら、荒い息で訊ねようとしたのだが、言葉にならなかった。

 今はいつなのか、此処はどこなのか、宮殿は遠いのか、聞くべきこと、すべき事は山ほどあったが、私の意識は再び暗闇のそこに沈んでいった。


☆★☆★☆★☆★☆


「師匠、双葉はどうだ?」

 洞窟内に入ってきた若い男は声を潜めてたずねた。

「先程一度意識が戻りました。峠は越したと見ていいでしょう」

 男は弟子に向かい柔らかくそう告げた。

「ありがとうございます」

 ホッとした様子で若い男は師に礼を述べた。

「あなたが私を頼るなんて、よほど大切な相手なのでしょう。ああ、彼女の素性を尋ねているのではありませんよ。もちろん、イチ、君の事も。ただ、そういう大切な相手がいるのなら、あまり危険な事に首を突っ込まないようにと言いたいだけです。泣かせたくはないでしょう」

 イチと呼ばれた若い男は、師の言葉に苦笑した。

「さて、役目は終わったようなので、私は行きます」

 座り込んでいた男が立ち上がったので、イチは洞窟の入り口まで見送りに出た。

「私は、君には穏やかに暮らして欲しいと思っています。それは師として、また君の養い親としての願いです。それを忘れないでください」

 別れ際のその言葉に、イチは何も答えず、ただ頭を深々と下げた。

 微苦笑で男はそれを受け入れ、立ち去っていった。

 イチはその姿が見えなくなるまで、ずっとその場に留まり見送った。

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