六 腕比べ
玉祥が克敏の従者に勝ってしまったら、どうなるのだろう?
ふとそれに思い至る。
私の負けは確定したも同然で、結果一勝一敗一分で、やっはり勝敗が付かなくなるのではないのか。
さらに次に考えられるのは、どんな状況だ。
克敏も佑茜も、引き分けのまま終わらせるなどありえない人間だ。確実に何かやらかすに決まっている。
今の状況で考えられる次なる騒動は、一体どんなものだ。
確かに予測し難いものではあるが、ある程度心の準備があるのと無いのでは雲泥の差がある。
必死になって考えようとするのだが、酒の所為か普段より思考が覚束なく、どれほど集中しようとしても、考えがうまくまとまらない。
酒というものがこれほど厄介なものだとは、生まれて初めて知った。これだけ思考力が低下すれば、いい大人が醜態をさらしてしまうのも納得だ。
飲んだばかりですぐに酔いが回るものではないのだろうが、頭の芯がぼんやりとしてきているのを私は自覚していた。
ただでさえ腕が未熟だというのに、酒が入っていてはまともに相手も出来ないのではないか。負けるのは確実だとしても、あまり無様な真似を晒したくはない。それなのになんて迂闊なんだ。私は己の愚かしさを呪った。
焦りまくっている私を尻目に、玉祥達の勝負が付いてしまった。
次は私の番だ。
「よくやったな」
佑茜は機嫌よく玉祥をねぎらった。
玉祥ははにかみながらそれを受けた。
「ありがとうございます」
視線をずらせば、克敏やその側近方に励まされている従者の姿もある。
「克敏様、申し訳ありません」
従者は可哀想な位落ち込んでいた。
克敏はそれに怒ってはいないようだった。
「気にするな。だがもう少し慎重にな。見ていて何度も冷や冷やさせられたぞ」
と、生真面目に注意をしている。
これは従者の無謀な攻めについて言ってるのだろうと当たりをつけた。
「お前は筋は悪くないんだから、無茶な攻めはやめろと何度も言ってるだろう? 相手がお前よりも上手で、上手に相手をしてくれたから怪我をせずに済んだんだ。同程度の腕前ではお互いに無事ではすまない攻撃だ。防御を捨てた攻撃は、本当に必要なときだけにしろよ」
克敏の側近もそう苦言をこぼしている。
ああ、なぜ彼が選ばれたのか判った。
さして実力差が大きくない相手(玉祥)と試合わせることで、彼の剣の足りない部分を自覚させる事だったのだろう。
従者も試合っている間に、何度もひやりとした感覚を味わったはずだ。
克敏や側近方相手では実力差が大きすぎて、それを上手く自覚させられなかったのだと思われる。
玉祥は確かに剣の腕はそこそこだし、その気性から目下の相手に怪我をさせるような無茶な攻撃はしない。否、出来ない。
なにせ毎日相手をしている私にでも、時折手控える事があるくらいだ。
そのせいで私に打ち負かされても、全く気にする事はない。互いに怪我がなくて何よりだと、そう、人の良い柔和な顔で言う程だった。
玉祥のそういう部分を知ってるという事は、克敏は弟のみならず、その周りにもよく目を配ってるということだ。それはなかなか出来る事ではない。この勤勉さを佑茜にも見習ってもらいたいものだ。
勤勉な佑茜なんて気持ち悪い気がするけれども、つい思わずにはいられなかった。
「ほら、次はお前だ。行って来い」
佑茜に背を押され送り出された。
ため息混じりに中央に進み出る。
克敏側はと見れば、側近の一人が自ら名乗り出て来た。
「私がお相手します。克敏様、よろしいですか?」
「ああ。頑張れよ。っと、怪我はさせないようにな」
克敏は鷹揚に頷き、最後の部分はほんの小声で紡いだ。
私に聞こえないようにという配慮だ。
自慢ではないが、私はかなりの地獄耳だ。しっかり聞き取れてしまった。
克敏の配慮はわからないでもない。なぜなら私では絶対に勝てないほどの実力者だからだ。むしろ綺麗に負かしてくれて、怪我をする恐れは一切ないと言い切れる位に、実力差のある相手なのだ。
酷く情けない話ではあるが……。
そしてあっさりと、本当にあっさりと私は負けた。
一言で済ませられるくらい、あっさりしたものだ。
情けないなど突き抜けて見事な負けっぷりだった。
相対するまではさほど酔っている感じはしなかったのだが、剣を打ち合い始めたら途端に足に来て、気が付いたときには勝負がついていた。
実力差がありすぎる相手とはいえ、これはないだろう。
比喩でなく穴があったら入りたい。
ものすごく居た堪れなかった。
「二若、負けるにしたってあまりにも簡単に負けすぎだ。もうちょっと粘れよ」
流石に佑茜も苦笑気味だった。
全く反論も出来ない。
ああ、ものすごくまともな台詞だ。
こんなときじゃなければ多少なりとも見直せるというのに、どうしてこんな時ばかりそんな全うな事をいうのか。
「申し訳ありません」
私はひたすら頭を下げた。
佑茜とて私が勝てるとは考えていなかったようで、呆れているのは間違いないが、怒っている様子は全くと言っていいほどなかった。
ちらりと視線を流せば、対戦相手も苦笑気味だった。
相手にも大変失礼な真似をした。
「兄上、一勝一敗一分で、これも勝負がつかなかった。河岸を変えて続きをしないか」
「そうだな」
克敏は私の方を意味深に見やってニヤッと笑った。
「飲み比べというのはどうだ。最後までつぶれずに残っていたのが勝者だ。判りやすくていいだろう?」
これは、私に気を使ってくれたのだろうか。
だが……勘弁してください。
酒はコリゴリだ。
「は、なるほど。若干一名ほど一人でやり始めてるし、ちょうどいいな」
佑茜までそんな事を言う。
それは嫌味ですか、それとも私に多少なりとも気を使ってくれたのですか。
貴方の言動はいまいちわかりにくいんですよ。