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偽りの王  作者: ゆなり
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五十七

 怪我の手当てが終わり、二若(ふたわか)は寝台に横たわり休んでいた。

 ほぼ一晩中探し回っていた宮の者も、手が空いている者は皆同じ様にひと時の休息を取っていて、もともと閑散としている宮は何時にも増して静まり返っていた。

 そこに騒々しい一団がやってきた。

 仕事中の者はおもわず手を休め、休んでいた者は驚きに飛び起きた。

 対応に出たのは宮で働く召使達の中でも比較的位の高い男だった。

「一体、どういった御用でしょうか。若飛(じゃくひ)殿下は未だお休みになられておられますので、お静かに願います」

 昨夜から未明にかけての騒動で、何があったかなどすっかり知れ渡っていた。

 当然のように宮の主が休んでいることもまた、殆どの者が知っているはずだった。

 うつけと呼ばれていようと、佑茜(ゆうせん)は皇子であり、粗略に扱ってよい相手ではないのだと、男は暗に主張していた。

若飛(じゃくひ)殿下に御用でしたら、時を改めてください」

 男の台詞を否定するかのように、一団の中から一人が進み出た。

「そこをどかぬか」

書琴(しょきん)殿下……」

 男は進み出た人物を目にして不可解そうに眉を寄せた。

 書琴(しょきん)は謀反の疑いありと、皇帝の命で拘束されているはずだった。

 たかだか召使でしかない男であってもそれを知っているくらいなのに、何故出歩いているのかと疑問に思ったためだった。

 書琴(しょきん)の背後には官吏達が控えており、男は彼らにどういうことかと目線で問いかけた。

 官吏達は苦く顔を顰めるばかりで、何もいわなかった。

 中には書琴(しょきん)に耳打ちして今は引くべきだと諭しているような姿もあった。

 どうやら官吏達にとっても不本意な事態であるらしい。

 男は酷く困惑してしまった。

 書琴(しょきん)の訪れを無視する権限は、彼にはなかった為だ。

 主からは休み起きるまで構うなと命じられている上、その側近である玉祥(ぎょくしょう)は婚礼の為に里帰り中で、もう一人の側近である二若(ふたわか)は怪我をして臥せっている。

 指示を仰ぐべきものが誰一人いない上に、緊急事態だからと主の言いつけを破るには男の身分は些か低すぎた。

 間が悪いことに、佑茜(ゆうせん)に進言する事が出来るはずの二若(ふたわか)の従者達は、朝方までの騒動の片付けなどをするために宮を離れている。

 一人だけ残っているのは、新参者の真祥(しんしょう)という者なのだが、男は真祥(しんしょう)を信用していなかった。

 男にしてみれば真祥(しんしょう)は胡散臭いことこの上なく、二若(ふたわか)が紹介して宮に仕えだしたという事も、男の不審をあおる結果となっていた。

 二若(ふたわか)はとてもしっかりしているとは言え、男からすればまだまだ子供である。

 主らと離れ一人視察に行かされ、そこで真祥(しんしょう)に言いように騙されたに違いない、と男は考えていたので、真祥(しんしょう)の力を借りるというのは論外であった。

 書琴(しょきん)という皇子は遥か彼方上の人間ではあるが、己の主と比べれば下と言い切れる相手でもあった。

 皇帝や皇太子など、主より目上の者の命ならば詮索することなく通したのだろうが、書琴(しょきん)は同じ皇子ではあるが母の身分が低くその上怠惰で官職にもまともについていない駄目皇子である。

 これが他の兄の例えば第四皇子であれば、母の身分は低くともその働き振りなどから通しただろうと思われる。

 もしくは主でさえも無視できないような高官であったならば、だ。

 当然の事ながら皇子という身分はあれど主の許しなく通すつもりはなかった。

 男の主は宮に許しなく人が踏み入るのを良しとしない人間でもある。

 困惑する思いはあれど、男は身命を掛けて書琴(しょきん)のおとないを阻止しようという意思を込めて、書琴(しょきん)に相対していた。

 書琴(しょきん)は身分低い男の決意を敏感に感じ取ったのか、不愉快そうに鼻を鳴らした。

「残念ながら用があるのは若飛(じゃくひ)じゃない」

 意外そうに男は書琴(しょきん)を見返した。

「謀反人のところに案内せよ」

 書琴(しょきん)は轟然と言い放った。

紘菖(こうしょう)様を襲った痴れ者でしたら、未だ行方がわかっておりません。死んだ者の死体は既に衛士にお引渡ししてあります。こちらには謀反人と呼ばれるものはおりません」

「謀反人ならいるではないか」

「ですから……」

若飛(じゃくひ)の側近である、紘菖(こうしょう)だ。案内せよ」

紘菖(こうしょう)様は謀反人などではありません。襲われた被害者です。それを……」

「よかろう。お前のような者にでも判る様、説明してやる。此度の騒動は、全て紘菖(こうしょう)の企てである。私を謀り陥れた謀反人を捕らえにきたのだ。判ったのならそこをどけ」

 佑茜(ゆうせん)ではなく二若(ふたわか)に用だと言われれば、男にはそれを拒否することは難しかった。

 しかし、二若(ふたわか)は男にとって直接の主ではないが、主の大事な側近である。

 二若(ふたわか)もまた、男にとってはお護りすべき相手であった。頑として道を開けず、その前に立ち塞がり続けた。

「そなたも謀反人の仲間と判断するが、良いのか?」

紘菖(こうしょう)様は謀反など企てるようなお方ではありません」

「それほど頑迷に信じるというのであれば、当人に直接聞くがいいだろう。それとも、通すと拙い事情でもあるというのか?」

 男は返す言葉なく口を閉ざした。

 その様子に気を良くした書琴(しょきん)は、男の横をすり抜け宮の中へと足を踏み入れた。

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