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偽りの王  作者: ゆなり
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五十五

 明日は移動等で時間が取れないだろうと、従者達へ明後日行われる狩猟会の指示を書いていた。

 どうあってもこれだけは失敗するわけには行かない。私は念入りに計画を練った。

 従者達にはその仕上げという最も重要な役を頼まなければならない。私の死体を隠すという最も重要なこの役を振られたと知ったら、彼らは大反発をするだろう事が目に見えていた。下手をすれば彼らが私の計画を邪魔をする側に回る可能性が高い。

 そうならないためにギリギリまで秘しておかねばならない役回りだ。

 どうやってこれを渡すのが一番良いだろうか、私はそればかりを考えていた。

 思考に集中しすぎてそれに気が付くのに遅れてしまった。

 ゾワッと悪寒が走り、反射的に椅子から転がり落ちた。

 すぐ直前まで私がいた場所を、間一髪のところで空気を裂いて光る物が横切った。

 床の上を転がりながら次の攻撃を避けつつ、体勢を整えるべく襲撃者から距離をとった。

 立ち上がりながら懐に隠し持っていた短剣を取り出す。

 書き物机を背に、黒尽くめの男が密やかに立っていた。

 蝋燭の橙色の光に照らされたその姿は不気味であった。

 そしてその手にはテラテラと濡れたように光る短剣が握られている。

 得物はともに短剣。

 条件は五分。

 だが、相手は動揺もなくこちらを窺っている。

 人を呼ぶために背を向けたら最後だと、緊迫して向き直った。

 私はあと少しの命だ。

 だが、それまでは無事に過せる筈と、根拠も無く思っていたようだ。暗殺者などいつものことだと言うのに、無意識に警戒を怠ってしまっていた。こんな直前まで存在に気が付かないなんて、油断のしすぎだ。舌打ちしたい気分だった。

 相対している男は冷徹な殺意だけを身にまとっていた。

 一切の気負いもなく、ただ事務的な冷たさだけがあった。

 強いと直感的に感じた。恐らく佑茜(ゆうせん)程ではないと思うが、私や玉祥(ぎょくしょう)では敵う相手ではない。

 互いに力量を測りあうかのように長いこと睨み合っていたように感じたが、実際はほんの瞬きほどの時間だった。

 黒尽くめの男は私に向かって一歩踏み出し、手にした短剣を突き出してくる。

 鋭いその突きを、手にしていた短剣でどうにか受け止め、弾く。

 弾いた短刀がまるで、意志を持っているかのように舞い戻ってきて、私はそれを必死で防いだ。

 こちらが反撃する暇もなく、鋭い連続攻撃が続く。一瞬の油断が命取りになりそうなそれに、私は歯軋りしたくなった。

 肌を僅かに掠るだけで、恐らく助からないだろう。

 間近で見れば一目瞭然で、男の握る短刀には何かが塗られていた。

 何か、など一つしかない。

 毒だ。

 その毒が何か私には判らないが、刃物がかするだけで致命傷となりかねない。

 そして腕は明らかに黒尽くめのほうが上だった。

 私は攻撃を防ぐのが精一杯で、どんどんと追い込まれていっていた。

 壁際まで追い詰められてはお終いだと、すばやく室内に目を走らせる。

 長椅子の上に無造作にほうられている上着が目に入った。

 私は追い込まれている態を装って長椅子に向かう。

 黒尽くめの短刀をいなし、僅かなその隙に上着を手に取る。

 短刀を手にしている腕に叩きつけ、その動きを妨げた。

 動きが鈍ったその瞬間、男めがけて自分の手にしている短刀を繰り出した。

 男は手にしていた短刀を投げ捨て、巻きついていた上着を振りほどく。

 そして男の空いていた片方の手が私のがら空きとなった胸元めがけて伸びてきた。

 勢いが乗っていた攻撃を止めそれを防ぐ事はできない。

 私はとっさに身体を捻ってそれを避けた。

 男は短刀をもう一本隠し持っていたのだ。

 完全にそれをよけ切ることはできずに、利き腕の上腕をザックリと切り裂かれた。

 手にしていた上着を男の眼前に投げつけ、距離をとった。

 短くも激しい攻防に息が切れていたが、それ以上に急激な悪寒が体中を巡っていく。

 油断した。

 短刀は一本きりだと思ったのが甘かった。

 しかもご丁寧に予備にまで毒を塗りたくっているなんて。

 私は舌打ちする思いだった。

 男は息の根を止めるべく踏み出してきた。

 私はなす術もなく、胸に受けた激しい衝撃に意識を刈り取られた。

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