五十二
執務机の上には、予想していた通り書類が積みあがっていた。
しかし、その量自体は、思っていたほどではなかった。
「二若の連れてきた真祥は、とても優秀だね。凄く助かったんだよ」
玉祥は自分の机に向かいながら、人のよい笑顔で言った。
「随分少ないとは思ったが、真祥が私の処理すべき書類を片付けてくれたのか?」
「部分的に、だけどね。二若にしか解らない物や、真祥には権限がなくて触れないもの以外、大体片付いている筈だよ」
確か、真祥は州の文官をしていた。
書類仕事は慣れたもの、ということか。
周りを見ると、少し離れた所に未決裁の書類が置かれていた。
私がいつも決裁待ちの書類を置く場所で、玉祥はそこは使わない。
暫く私はいなかったのだから、それを置いたのは真祥と考えるべきだろう。近寄り、置かれていた書類を一枚取り上げ、中に目を通していった。
玉祥の担当部分が、警備隊員達から上がってくる報告書や予算申請などの取りまとめ及び対応だとしたら、私の担当部分は市井の者達から上がってきた嘆願書や陳述書の処理となっている。
暴力事件などの被害届などは警備隊が一旦受理し、その調査結果などが上がってくるので、陳述書などには含まれてはいない。
純粋に市民達の苦情であったり、こうして欲しいという要望などばかりだった。
だが、その分面倒なものでもある。
何処そこの商人が不正に値を吊り上げている、処分してほしいなどという訴えがあったとして、それを鵜呑みにしてはならない。
商売敵が難癖つけて、その証人の妨害をしようとしていないとも限ら無いのだ。
かと言って偽りだからと放置してよいものでもない。
何が嘘で、何が真実なのか。
私はそれを見極め、適切な処置を施していくのが務めだ。
人のよい(騙され易いともいう)玉祥には不向きな仕事だ。
逆に玉祥が処理している、警備隊の上げてきた罪状調査に対し加えるべき刑罰への決定など、ついつい処分が甘くなりすぎる私には向かない 。
優しく人のよい玉祥は、ただそれだけのものではない。
玉祥の優しさは厳格な厳しさすら兼ね備え、公平さと情の絶妙な釣り合いは、私には真似出来ないものだ。凄いと見習わざるを得ない点だ。
だから役割分担に異論はないのだが、そうなると逆に私がいなくなった後のことが気がかりでならない。
真祥が処理した書類はほぼ問題の無い出来であった。この帝都特有の事情などを勘案して部分的に修正すれば良い。
私の机の上に積まれていた未処理書類などにも目を通していく。それらは私にしか判らない部類の物ばかりで、処理できる物はすべて処理されているようだった。
慣れない環境でありながらこれだけの物が出来ると言うのは能力がある証拠だ。
こうして考えると、真祥が佑茜の下に来たことは天の采配のようにすら感じる。
私がいなくなれば玉祥が代わって書類などを全て処理しなくてはならなくなるところだ。
普通ならばそれで問題はない。警備隊の対応できる範囲などたかが知れているし、無難に処理するだろう事は目に見えていた。だが、普通ではない場合にはかなり不安が残ってしまう。人を陥れたり、自分自身だけが上手い汁を吸うために有利になるよう働きかけたり、そういった好ましからぬ陳情を、人の良い玉祥では見破る事が難しい。
やり口が決まっているのならば対応のしようもあるのだが、架空請求など不正の手口はそれこそ千差万別だ。
書類が正しいからと何もかも処理していてはならないのだが、玉祥は人を疑う事が出来ないらしく、今までにも何度と無く許可しかけた事がある。
それを思うと仕事を放り出して逝く事が不安で仕方が無い。しかし真祥がいれば、私に代わりそれらを正しく処理していってくれるだろう。
狙ったつもりは無かったが、その皮肉なめぐり合わせに私は苦笑せざるを得なかった。
間違いなく私は近い将来いなくなる。
”あれ”を見れば否定のしようがない。運がいいのか悪いのか微妙だ。
知りたくなかったかと言えば、事前準備が出来る事を考えれば否と答えるが、自分の死期をハッキリ突きつけられるのは、気分がいいものではない。
気分の悪さを度外視すれば、私にとっては良い事には違いない。
祖国のため、佑茜や玉祥の今後の為に、できる限りの事をしておける。それも良い事の一つに数え上げる事だ。
玉祥は人が良すぎて変な事に巻き込まれそうな上に、佑茜を止める人間だって必要だ。
真祥ならば私が抜けたその穴を補ってくれるだろう。
本当に上手くできている。
真祥の事はまるで私がいなくなるための事前準備のようではないか。
そんな事を思い、少しだけ寂しくなった。