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偽りの王  作者: ゆなり
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五十一

 耀(よう)から上げられる報告を聞き取った限りでは、帝都を離れていたこの一月の間に、特段変わった事はないようで、そのことに酷く安堵した。

 報告を元に書き上げた指示書を(れい)に託し、各人の元へ届けるよう命じて、佑茜(ゆうせん)の執務室へと戻った。

 少しでも休みたいという思いはあれど、実際そんな暢気に構えていられる時間的余裕はない。一刻も早く溜まった書類を片付け、来るべき日のためのの準備に取り掛からねばならないのだ。

 佑茜(ゆうせん)の部屋に戻る途中に運よく真祥(しんしょう)と行き会い、僅かばかりではあるが立ち話をする事が出来た。

 真祥(しんしょう)が実際に受けた怪我の程度は見知ってはいないが、怪我の影響を感じさせない身ごなしをしていた。

「お久しぶりです」

 折り目正しく頭を垂れるが、身分に差はあれど同じ佑茜(ゆうせん)に仕える者として、そこまで畏まる必要はないのだ。

「元気そうだな」

「お蔭様を持ちまして。……妹のことは聞きました。ありがとうございます」

「礼を言われるようなことは何もしていない」

紘菖(こうしょう)様のお立場を思えば、これ以上ないご助力を頂いたのだと存じ上げております。それどころか、私のことも多大なるご厚情を頂、感謝しても仕切れません」

「……佑茜(ゆうせん)様に召抱えられたと聞いた」

 話を変えるべく切り出すと、苦笑が返ってきた。

「いまだ試験中といったところです」

 それは初耳であった。

「そうなのか?」

「はい。召抱えていただく上で、条件を頂きました。怪我の回復を待っていましたので、まだその条件を攻略出来ておりません。ですから、いまだ試験中といったところです」

「そうか。……私の手はいるか?」

 半ば以上、その気もないが助力はいるかと訊ねた。

「いえ。これは、私自身で遣り遂げなければ意味がありません。お気持ちだけ、頂いておきます」

 真祥(しんしょう)は真っ直ぐ目を見据えたまま、一切の迷いもなく断りを述べてきた。

 その事に、これならば真祥(しんしょう)は大丈夫と、私はそう確信がいった。心の片隅に棘のように刺さっていた恐れが一つ、まるで憑き物が落ちるように消え、心が僅かながら軽くなるのがわかった。

「そうか」

「お忙しい所お呼び止めし、申し訳ありません」

「いや。お前が思っていたよりも元気そうで、よかった」

 私のことばに真祥(しんしょう)はただ礼をとることで答えた。

 そのまま真祥(しんしょう)とは別れ、佑茜(ゆうせん)の執務室へと足早に向かった。

 どうやら真祥(しんしょう)は、無事に佑茜(ゆうせん)に気に入られることができたようで、本当によかった。

 正直、真祥(しんしょう)佑茜(ゆうせん)の元に送るというのは、ほとんど勝ち目のない賭けだった。もしかしたら生きて真祥(しんしょう)と会う事は、ないかもしれないとまで覚悟していたのだ。

 人嫌いの気がある佑茜(ゆうせん)は、時折酷く残酷な振る舞いに出る。

 見ず知らずの者が宮に現れ、私の手引きだとしてもそれに不快にならないはずがなく、真祥(しんしょう)には言えないが問答無用で切り捨てる可能性だってあった。良くて宮から、否、帝都から追放されるくらいではないかと、そう考えていたのだ。

 だからこそ、少しでも真祥(しんしょう)が生きる確率を上げるために、耀(よう)には私が帰るまで匿って置くように指示したのだし、無駄かもしれないがいざという時の場合を想定して書面も持たせた。

 それらの予想を覆して、佑茜(ゆうせん)の屋敷で真祥(しんしょう)の姿を見つけた時は、気が抜けてもう少しで座り込んでしまうところだった。

 そこまでの危険を冒して佑茜(ゆうせん)の元へ送り込んだのは、真祥(しんしょう)が望む方面では凛翔(りんしょう)の力はあてに出来ないと踏んだからだ。

 彼が真実必要とするものを与えられるのは、佑茜(ゆうせん)しかなかった。祭伯達(さいはくたつ)には難しくとも、私の力ならば、真祥(しんしょう)を安全な場所に匿う事は容易い。しかしそれだけだ。真祥(しんしょう)が望む方面での力添えは、私には不可能なのだ。だからこそ、佑茜(ゆうせん)を頼るより他なかった。

 凛翔(りんしょう)が素直で高潔な人柄だということは、短い間ではあったが傍にいてわかった。彼は頭も悪くはないし、剣の腕だってそこそこある。しかし、非情になる事、言葉の裏に潜む本心を嗅ぎ分けること、そういった人の上に立つ上で必要な裏の部分が、決定的に欠けていた。

 一言で言うなら、人を信用しすぎるのだ。

 私は、人の上に立つものとして凛翔(りんしょう)は不適格だと、はっきりと見限っていた。だからこそ、真祥(しんしょう)佑茜(ゆうせん)のもとに送り込んだのだ。

 同じ理由で、凛翔(りんしょう)からこれからも傍に仕えて欲しいと熱烈に勧誘されたが、辞退させてもらったのだ。

 凛翔の人柄はとても好ましいが、やはり多少思う所があろうと、佑茜(ゆうせん)の方が良いと考えたのだ。

 佑茜(ゆうせん)の長く側にいて思い入れもあるし、迷惑をかけられた分迷惑をかけ返すことだって、躊躇せずに済むからだ。

 もうじき私は死出の旅に出る。どうあっても周りに迷惑をかけてしまう。どうせならば、その時までずっと共にあった佑茜(ゆうせん)や玉祥の側にいたいし、私が死ぬことでの迷惑は彼らに取ってもらいたいとも思うのだ。

 そんな事をつらつらと考えていた。

 しかし……佑茜(ゆうせん)は、どういうつもりで私を凛翔(りんしょう)に貸し出されたのだろうか?

 今までも何度も何度も自問自答していたが、どれほど考えても答えは出なかった。

 あの前後の出来事を思い返しても、不審なところはなかった……ように思う。

 第五皇子の宮に侵入した時、宮の者に見つかったのは拙かったとは思うが、それが原因だとはどうしても思えない。

 凛翔の視察に同行することが決まったのはそれよりも前なのだから、あれは無関係と考えるべき事象だ。

 そうなると、本当に訳がわからない。

 佑茜(ゆうせん)とは付き合いが長いが、いまだ私には何を考えているのか読めなかった。

 並み居る皇子達の中で、私にとってはもっとも不可解な皇子だった。

 私は懐にしまっていた飾り布を取り出し、じっと眺めた。

 成り行きで、この飾り布の持ち主のことは後回しにしていたが、最優先で解決しなければならない。

 他にも解決しなければならない問題が山積みで、頭が痛いことばかりだ。

 足早に進みながら、難しい顔で考え込んでいた。

 その姿を窓の外から見ている者がいることに、私は全く気がつかなかった。

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