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偽りの王  作者: ゆなり
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四十九

 視察に関連してはあっさりとした報告で終わったが、襲撃時の事には、非常に事細かな報告を求めてきた。

「……それで?」

 事の顛末を語り終えた第一声がそれだった。

 凛翔(りんしょう)には話さなかった詳細まで事細かに報告したのだが、それでは不十分であったようだ。

「泳げもしないのに、川へ飛び込んだのか?」

 嘘をつくなと暗に責められた。

 炎から逃げられず、已むに已まれず飛び込んだと言ったのだが、納得していないらしい。

「お前が事後の策を何も取らずに、ただ飛び込むなどという馬鹿な真似をしない事ぐらいは判っている」

 確かにそうだ。

 真祥(しんしょう)に川に放り込まれなかったら、恐らくは壁を伝い降りるなり、綱のような物を作るなり、別の手段を講じていた。

 川に飛び込むとしても、浮き代わりとなりそうな物を持っておくとか、流されないための仕掛けを作るとか、そういったことは考えたはずだ。

真祥(しんしょう)に泳げないため他の手段を考えると告げると、問答無用で肩に担がれ、抵抗する間も無く川に飛び込んでおりました」

 渋々と認めた。

「……それで、川に飛び込んでどうやって助かった」

「判りません。水面に落下した衝撃で気を失い、次に気がついたときは川岸に居りましたので、どのようにしてそこまで行ったのか、知るのは真祥(しんしょう)ただ一人です」

「その時点で、奴の息の根を止めるなりすべきだったな」

 川岸で真祥(しんしょう)は倒れ意識を失った。私を助けたとはいえ、本来なら敵側の人間である真祥(しんしょう)を、生かしておく理由はない。息の根を止めず、見捨てることもなく連れて行ったのは間違いだと、そういう意味合いだ。

「申し訳ありません」

「まあいい。取りあえず、あれは俺が預かった。お前はもう忘れろ。悪いようにはしない」

「……よろしいのですか?」

 私はまだ、真祥(しんしょう)の処遇を願い出てはいない。

 無事出迎えに出ていたから、悪いようにはならないだろうと思っていたが、今はまだ保留しているだけだろうと考えていたが、違うのだろうか。

 佑茜(ゆうせん)は頷いた。

「まあまあ、使えそうだ。望み通り、精々こき使ってやるさ」

 そこまで言うのであれば、問題はなかろう。

 佑茜(ゆうせん)はいい加減だったりしても、私と玉祥(ぎょくしょう)に何かをやると宣言したら、それを違えることは決してしない。

「ありがとうございます」

 頭を下げると、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「お前にしては、随分と悪手を打ったな」

 面白くもないと言わんばかりだった。

 佑茜(ゆうせん)に言われずとも、後手に回った挙句拙い対応ばかり打ったという自覚はあった。

 とても反論できない。

「警備の人員配置を怠る。非常事態に浮つき身の回りの警戒を怠る。無防備に泳げもしない川に飛び込む。命を狙ってきている陣営の者と行動を共にし、まともな抵抗ひとつ出来ずそいつの虜囚となる」

 言葉を切った佑茜(ゆうせん)は、鋭い目線で私を射抜いた。

「一つでも十分命を落としかねん失態だ。お前はそんなに死に急ぎたいか?」

 言葉だけではない。佑茜(ゆうせん)の体を怒りの色が覆った。

 失態を責める言葉以上に、その内心が怒りに支配されている。

 佑茜(ゆうせん)の態度と内面が一致しているのは、非常に珍しい。

 しかし、怒りの度合いに比べ、声も荒げておらず物に当り散らしてもおらず、怒りの表現方法は非常にささやかなものだ。

 それがとても不気味だった。

「軽率な振る舞いであったと、恥じ入るばかりです」

「ふん。大方、取るに足らぬ相手と侮ったのだろう。慢心だな」

 声音をがらりと変え、佑茜(ゆうせん)は嫌味たらしく言う。

 怒りの色は変らず、しかし平素と同じその様子に、薄ら寒いものを感じた。

佑茜(ゆうせん)様、その様に言っては二若(ふたわか)が可哀想です。なれない人員と行動を共にしていたのですから、二若(ふたわか)でなくとも失敗を起こすものです」

「ああ。そうだな。二若(ふたわか)の自由になる人員など、あの頼りない従者どもしか居なかったのだからな」

佑茜(ゆうせん)様! その様な心無い事をいうものではありません。二若(ふたわか)が心配だったと、一言そう仰ればいいのですよ」

 玉祥(ぎょくしょう)は精一杯怖い顔を作って佑茜(ゆうせん)を窘める。

「当に済んでしまった事を心配してなんになる」

「でしたら、こう言えば良いのです。『無茶をするな。怪我をしてからでは遅いのだぞ』と」

 玉祥(ぎょくしょう)の言葉に、佑茜(ゆうせん)は嫌そうに顔を背けた。

「君はすぐに無茶をするから、僕達はずっと心配していたんだよ。ただでさえ側に居る人間が少ないのに、耀(よう)を先に帰してしまうし、何かあったら危ないのではないかと気が気じゃなかったんだからね。佑茜(ゆうせん)様もずっと不機嫌で、まだ戻らないまだ戻らないとブツブツ溢していたんだよ」

「戻らないと溢していたのはお前だろう。俺は仕事が溜まって片付かないと言ったんだ」

 玉祥(ぎょくしょう)はクスッと笑みをこぼし、私に目配せを投げてきた。

「ほらね?」

 素直じゃないねと玉祥(ぎょくしょう)は小声で呟き、ニコニコと平和な笑顔を浮かべた。

 佑茜(ゆうせん)にはいまだ怒りの色がある。

 しかし玉祥(ぎょくしょう)の気遣いを、無碍にするような素振りはない。

 内心が別のところにあるとしても、彼の言っている通りの事にしてやろう、そう考えているのだ。

 こういったやり取りも久しぶりだ。

 帰って来たのだなと、妙なところで感慨深く思う。

 とらえどころのない佑茜(ゆうせん)の内面を追いかけ、神経をすり減らす生活。

 息苦しいばかりと思っていたが、暫く離れてみて、この重圧は私にとっては必要なものだと納得もした。

 凛翔(りんしょう)と共に行動していた時は、神経をすり減らすような場面は全くなく、警戒心が知らず知らずのうちに薄れてしまっていた。

 あれだけの不手際はそれだけが原因ではないが、その警戒心の無さが影響していなかったとはとても思えない。

 私を取り巻く環境は、ほんの少しの隙でさえ命取りとなりかねないと言うのに、油断を招くなど身の程を知らぬ行為。一人前だなどと思い上がりも甚だしいというものだ。

 そう、ここが私の原点。

 忘れてはならない、私の居場所であり、私を私たらしめた所。

 色々思うところはあるけれども、それもあと僅かと思えば愛しく感じた。

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