四十六
行きと同じ道筋を逆に辿り帝都へと戻っていく。
顔ぶれの変らない人員に警護の者達。
違う点は一行の中に行きには居なかった都督が含まれていることだ。
彼の妻子は後日荷物を纏めてから帝都に上がる事となり、ここには彼一人だけ。
都督には身の回りの世話をする召使一人側におらず、私の従者や凛翔の配下の者達が都督の世話をするはずもなく、己の荷物を運ぶのも身支度を整えるのも、何もかも1人でこなさねばならない。
さり気なく観察していると、都督の手際は非常に悪く、凛翔の配下の者達に邪魔扱いされていたりして、身の置き所がないといった風情であった。
外部の人間と連絡を取り合い、一行の中に混乱を引き起こすのではないかと警戒していたが、これだけ回りにがっちりと監視されている状況で出し抜けるような度胸も知恵もなさそうだ。
帰都につく前に一応は凛翔に警告もしておいたためか、彼の配下の者達も始終誰かが目を配っている。
私の従者である伶と條も可能な限り都督の動向には目を光らせてもいるし、それ程気をもむ必要はなさそうだった。
都督や祭伯達の背後にいた人物には、既に心当たりがある。
いや、その人物以外あり得ないだろうと確信してすらいるが、今のところなんら証拠物もなく弾劾など出来ようはずもない。
例え証拠があったとしても、私ごときではその弾劾の声ごと叩き潰されるのがオチだ。
正直に言えば手の打ち様がない。
今までにもその人物によって、佑茜がらみで何度か危ない目にはあってきた。
今回の件もその一環と評してよいはずだ。
だが……そういうわけにもいかないのだろう。
チラリと馬車の中、隣に腰掛けている凛翔を盗み見た。
本来の標的は凛翔だった。
何らかの理由でそれが私へ移っただけで、その事実は変らない。
母の身分が低い末弟にすら、その手を伸ばしてきた。
神童と名高いその名声に脅威を感じたか。
今までは凛翔のことを兄の第四王子が庇ってきたのだろうが、それが及ばなくなり始めている。
今回の失敗で、さらになりふり構わない手段にでてくるだろう事が予想され、おそらく宮廷は荒れる。
佑茜の側にいる私も、それに否応なく巻き込まれるはずだ。
ただでさえ頭の痛いことが目白押しだというのに、さらに面倒ごとが大挙してやって来る。
ため息を吐かずにはいられなかった。
帝都まで残り半日ほどと言うところで、最後の休憩を取った。
たったの半日ほどなのだから休憩など取らず、そのまま帝都を目指してもよかったが、そこには皇族専用の休憩施設があったのだ。
食事などを取るのに丁度良い時間であったこともあってそこに立ち寄った。
この休憩施設は、隣接する御料地での狩に使用するために建設されていた。
入浴施設などはもとより、宿泊施設も充実している。
帝都から程近い立地条件などから、毎年皇帝主催で狩猟会が催されている。
私はもとより凛翔も毎年参加している、非常に馴染み深い場所なのだ。
馬車に揺られ続けて体が強張っていた私と凛翔は、連れ立って狩場を散策する事にした。
護衛は少し距離を空けて着かず離れずで付いて来ている。
獲物を追って馬に乗って駆けるその場所を、歩いて進むというのは意外と新鮮な感覚だった。
馬上と徒歩では目に映る景色さえ違っているように感じる。
思っていた以上に木々は高く生い茂り、足元ももっと平坦で歩きよい物だと思っていたが、ごつごつと岩などが転がり木の根が出ていたりもしてなかなか歩きにくく、枯れ草や落葉によってフカフカとした足の裏から伝う感触がある。
イガの付いた栗などが無造作に転がっていて、これほど実り豊かな場所だとは初めて知った。
「小動物などもかなりいるんですねぇ」
凛翔がしみじみと言う。
「狩では獲物以外視界に入っていてもなかなか意識できませんから」
「確かにそのとおりですね。私はこの森がこれほど実り豊かな場所だと、初めて知りましたよ。改めて考えてみれば当然の事なのですが」
「……そうですね。実り豊かでなければ、獲物となる動物達が増えるはずがありません」
私も凛翔の言葉に同意する。
「知っていますか? この先に崖があるんですよ」
「存じ上げませんでした」
「私も昔兄上に、克敏兄上に教えていただいたんです。崖際に追い詰めれば仕留め易くなるぞと」
「そういえば、凛翔様は昔から狩がお上手でしたね」
話の成り行きから件の崖があるという方向へ足を向けた。
「兄上のおかげです。若飛兄上や紘菖殿も毎年獲物を仕留めておられましたが、なにかコツなどがあるのですか?」
仕留める数は多くはないが、無難に獲物をとることは出来ている。
それを指しての事だ。
「我々の場合は連携の良さ、でしょうか」
考えながら答える。
「若飛様と稼祥、私で、三方向から退路を塞ぎつつ追い詰め仕留めております。幼い頃より側にいる時間が長かったために、阿吽の呼吸ともうしますか、お互いに何を考えているか大体わかるのです」
話していると、木々の向こう側が明るくなっているのがわかった。
視界を遮っていたその藪を抜けると、広々とした空間に出た。
凛翔が言っていた通り、その空間の先は地面が途切れ崖となっている。
どのくらい深いのか判らないが、対岸へ飛んで移るには不可能なほど離れている。
こんな所があったとは知らなかった。
絶景だなと思い視線を巡らせると、唐突に目の前の光景以外のものが視界に広がった。




