四十五
佑茜は気だるげに扉の所によりかかり立っていた。
真祥をここまで運んだ耀が、懐から主より預かっていたもう一つの書状を取り出し、それを差し出しながら言った。
「若様より、預かってきた書状です。若様がお戻りになる前に見つかった場合、お渡しするよう申し付かっておりました」
真祥はぎょっと目を見張った。
それではまるで、初めから見つかるものを前提として動いているようではないか。
佑茜はちらりと書状に目をやっただけで受け取ろうとはしなかった。
「必要ない。何がかかれているか、見当はつく」
「何もかもご存知なんですね」
「何があったかはだいたい知っている。二若が馬鹿を見捨てられるはずがないし、お前が二若を置いて先に戻ってくると言ったら、その目的は一つしかないだろ」
真祥はなるほどと合点がいった。
もしかしたら佑茜はうわさより、ずいぶん頭がいいんじゃないだろうか?
「お前は下がっていろ。そこの馬鹿に話がある」
佑茜は偉そうにあごをしゃくって命じた。
耀は素直にその命に従い部屋を出て行く。
一人残された真祥は、はったと睨みつけ身構えた。
耀が十分離れた頃を見はかり、佑茜が口を開いた。
「都督にお前の妹を襲撃した者は処刑された」
真祥は初め何を言われたかわからず、目を瞬いた。
じわじわとその意味が染み込んでくる。
「なんだって!?」
「凛翔はあれで馬鹿だからな。良くも悪くも素直すぎる」
「あれだけ証人も証拠だってあったんだぞ!?」
「トカゲの尻尾きりだな。きちんと取り調べられる前に処刑して、証拠隠滅といったところだろう。死人に口なしだ」
まさか予想もしていなかった展開だ。
真祥は怒りでめまいがしそうだった。
都督は無罪放免という事になるというのか。なんと理不尽な事か!
「悔しいか?」
真祥は佑茜の言葉に頷いた。
「それは二若を庇った時についた傷だといったな?」
「ああ」
何を言い出すのか、真祥はいぶかしげに答えた。
「襲ってきたやつの顔を覚えているか?」
「もう一度見ればわかるはずだ」
「取引をしないか?」
「なに?」
「お前が二若を襲ってきたやつを見つけ出し、俺の前に連れて来ることができたら、お前を官吏として召抱えてやる」
うまく言葉を飲み込めなくて、真祥は首をひねった。
「官吏になってあいつを自分の手で破滅させてやればいい。どうだ?」
「一つ聞きたい。何の為に紘菖様を襲ったやつを探す? 代わりに始末する為か」
「そんな事はしない。あれはこの程度の事は自分でどうとでもする」
「だったら、どうして」
「それをお前が知る必要はない。受けるのか受けないのか」
真祥は考え込んだ。
悪い取引ではない。
むしろ願ったりの話だ。
しかし、これが二若の不利に働いたりはしないだろうか。
佑茜の目的が二若の弱みを握る事にないとは言い切れない。
恩人を裏切るような真似は、真祥にはできない。
こいつは二若の敵となるか、味方となるか。
それを見極めなければならない。
一方で、佑茜を信じてもいいのではないかという気もしていた。
二若がここへ連れて来させたのはなぜか。
佑茜に見つかるのを見越した行動。
それは取りも直さず、神童と名高い凛翔ではなく、暗愚と名高い佑茜の方を信頼していると言う証左ではないのか。
「答えられないか」
黙り込んだ真祥を冷たく見下ろして佑茜は言った。
「受ける」
真祥はきっぱりと言い切った。
「紘菖様は俺をここへ寄越してくれた。最後の可能性を与えてくれる為だ。俺は紘菖様の信頼するあんたを信じよう」