四十二
”真祥”という証拠がなくなってしまった上に、襲撃者が確定できなかった。
そのため都督は私への暗殺については不問となったが、しかし今回の引責として、更迭された。
罪人としてではなく更迭人事として、都督は凛翔一行と共に帝都へ移送される。
都督について皇帝がどう判断し、そして処罰を行うかはわからないが、凛翔の報告のまま他州へ飛ばされる事になるのではないかと思われる。
州政の実権は祭伯達が獲得した。
真祥の妹美齢を誘拐した犯人が口を封じられなければ、もっと別の処分となっただろう。だがそうではなかった。この状態では真祥がいようといまいと、都督の処分内容は変わらない。凛翔は証拠品もなく裁くような人間ではないし、裁けるような人間でもないのだ。
予想していた通りの展開だ。
私が真祥ならば、その様なおためごかしを納得はしない。両親を殺されたのだから、都督へは完璧なまでの引導を渡したいと願うだろうし、そもそも他人にそれをして貰う事も良しとはせずに、可能ならば自分の手で決着をつけたいと望むだろう。
だが実際問題としてそんな事にはならない。
真祥が私と同じ様に考えるとは限らないが、そうである可能性は高いように見受けられた。
もし復讐などどうでも良いと言うのであれば、とっくに州を出て他州で官吏になっているはず。しかしそうしなかった。
それは都督を追い落とすその時を虎視眈々と狙っていたからではないのか。
真祥が都督の下で決して居心地が良くない中、踏みとどまっていたのは何故だ。
親の敵であり、その地位を乗っ取った人間に頭を下げ続けねばならない生活を甘んじて受け入れていたのは何故だ。
官吏としての志があったというのは確かだろう。
州に生まれた者として民の生活を良くしたいと思ったのも確かだろう。
だがそれ以上に都督への復讐心がなかったとはとても思えない。
他州へ行ってそこで官吏になる、帝都へ出て官吏になって力を付けて戻ってくる、そのどちらもしなかった。
だから私はそうだと思った。
今後の事も、更迭された都督を真祥が自らの力で破滅させようとしても、次に都督がどこに飛ばされるか誰にも皆目検討もつかない。
あのまま州に留まっていては、決してその身に真祥の刃が届く事は未来永劫ありはしないのだ。
後見人たる伯達の力が及ぶのは州内においてのみで、真祥は都督を追いかけていく事さえ出来ない。
帝都に連れ帰らずあのまま州においておいても、妹共々今後その身が危険に晒される事はない。
家族や仲間と暮らすことが出来る。
都督と言う邪魔者がいなくなった今、思う存分その力を振るえるだろう。
だがそれだけだ。
復讐だけは叶わない。
安定した暮らしや安寧より、そちらを優先するだろうと判断したからこそ、凛翔には知らせず真祥を帝都へ運ぶよう従者に命じたのだ。
こんな事で助けてもらった恩義を返せるとは思えないが、望みをかなえる一助となりたいと思ったのだ。
私のやっていることはただの自己満足で、その事は疑いようもないし、否定する事もできない。
本人の意思を何も聞かず、それ以外選択の余地がない状況に追い込む事に他ならなかった。だが、あの機会をおいてそれを成す事はできなかったし、本人の意思を確認する暇などもなかった。
そこまでしなければ、ただの属国の王でしかない私には真祥に都督と張り合うだけの力を与える事はできないのだ。
真祥の意思は帝都に戻ってから確認する。
もし故郷に戻る事を希望したら、それを叶える用意はあるし、妹と他州で過去を忘れ暮したいというのならばそれもいいだろうと思う。帝国内での権力はないに等しいが、財力だけならばある程度は自由に出来るのだ。
そうでなく帝都に残り力を得る事を希望すれば、佑茜に面通ししその力を借りようと考えている。
凛翔は真面目すぎてそういった裏取引など出来そうにはないが、佑茜はちゃらんぽらんでいい加減ではあってもこういったことには非常に柔軟に対応することが出来る。そのぐらいには私とて佑茜の事を理解している。
だから凛翔ではなく佑茜を選んだのだ。
人手不足である事も確かなので、重用されるかは別としてそれなりに仕事はくれるだろう。
後はそれを足がかりにのし上がるのも、脱落していくのも真祥次第。
都督を追い落とすまでのし上がる事が出来るかまで私が関知する物ではない。関知する物ではないが……願わくば、彼の思いが遂げられて欲しいと思う。
問題は私が戻る前に、佑茜に見つからないかという事だ。
佑茜にもし見つかれば命がないかもしれない。無関係な者が側にいることを酷く嫌い、問答無用で処分しないとも限らないからだ。
かなりきわどい賭けだとわかってはいたが、他に方法がなかった。