四十一
凛翔が今回の件について最終決定を各員に通知するための書物をしたためる間、私は1人庁舎内を見て回った。
付き従うのは條だけだ。
護衛は断ってある。
一部を凛翔の下に残して、残りは庁舎の建物全体を警備している。
安全は十分確保でき、私に対する護衛は不要だろうと、凛翔は判断したようだ。
やはり人が良い皇子だと思ってしまう。
私に対する監視を解いたも同然だった。
前方から祭伯達がやってくる。
無視して通り過ぎようとしたが、彼は私の前で立ち止まり貴人に対する礼をとってきたので、通り過ぎる事ができなくなった。
「お初にお目にかかります。私は祭伯達と申します」
「……ああ」
私と彼はここで初めてあった。……少なくとも、公式には。だからこその台詞だ。
「此度の視察は、紘菖様にはご不快な点が多かった事と思います。州の人民を代表し、お詫び申し上げます」
「州を代表するのであれば、都督が申すのが相応しいのではないか?」
「都督は既にその任を解かれ、更迭されてございます。後任として私がご挨拶に参りました」
確かに、伯達の言う通りの展開にはなるが、それはまだ実行されていない。
現在進行形で凛翔が奮闘しているところなのだから。
伯達もそれを知っているだろうに、こんな危険を冒してまで私に話しかけてきた。
事件が起きたあの沢を下っても、真祥の姿を見つけられなかった。だから凛翔と同じく、私がその行方を知っているはずとやってきた。それだけ真祥の行方が気がかりなのだろう。
「そうか」
私はまだ都督が任を解かれていない事実を知りつつ頷いた。
「私共はできる限り凛翔様や紘菖様には気分良く帝都へお戻りになって頂きたいと考えております。私共で出来る事でしたらなんでも申し付けてください」
下手をしたら賄賂だと言われかねない台詞だ。
何でも聞く。だから(真祥を)返してはくれないか。
そんな心の声が聞こえてきそうだ。
「なに。今の私は気分が悪くはない」
「と言いますと?」
「主への良き土産が手に入った。あんな騒ぎがあったのもいい土産話だ」
土産(真祥)は帝都に送った。
そういった意味を込めたものだ。
少なくとも都督の手の届くところにはない。
これで十分通じたはず。
伯達はジッと私の顔を見つめてきた。
フッと相好を崩し、頷く。
「それはようございました。私も胸の痞えが下りたような心持です」
頷く事でそれにかえし、その場を離れた。
今度は伯達も追っては来なかった。
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「紘菖殿、従者の1人をここ暫く見かけないようですね」
探るように凛翔は言う。
「予定よりこちらでの滞在日数が増えてしまいましたので、それらの顛末を記した報告書を持たせ帝都へ送りました」
その問いは十分予測していたために私はサラリと答える。
「一言陛下へ連絡をいれるように私に忠告して下されば良かったのではないでしょうか」
「申し訳ありません。とてもお忙しそうに見受けられましたので、この程度凛翔様の手を煩わせるほどの事でもないと、出過ぎた真似を致しました」
「今の今までそれらに思い至らなかった私の不明です。礼を言いこそすれ、責めるつもりはありません」
「お言葉ありがたく」
「一体いつ報せを出されたのですか」
「美齢が襲撃された直後です。彼女が襲われるまででしたら、帝都到着は天候不順などの誤差の範囲内で収める事ができましたが、彼女への襲撃などの処理をしていては、各人への処分など発生しますし、到底誤差と主張する事はできません。ですので、その時に」
本当はもう少し後の真祥の襲われたときだが、そんな細かい事まではわからないだろう。
先に帝都に向かわせた耀に簡易報告書を持たせたのも事実。
「道理で貴方にしては真祥襲撃に何も手出しされないし、美齢保護の報を聞いていなかったりなさっていたわけですね」
「随分と、買い被られているようです。私はそこまでできた人間ではありません」
「いいえ。私がもっと注意深く行動していれば、紘菖殿の手を煩わせる事などありませんでした。そうすれば貴方はもっと民の為に辣腕を揮えたでしょう。私の至らなさです」
「それは違います。此度の視察は、全面的に私の至らなさゆえに、このような騒動となったのです。副官としてきちんと補佐できていれば、問題など起きず済ませる事が出来たでしょう。全て私の責任です」
凛翔にとっては初任務でありながら、私が襲われた事に単を発したこの一連の騒動は、その経歴に傷をつけるような結果となってしまった。
伯達との密談を伏せたり、それらが凛翔の足を引っ張っていないとはとても言えない。
そもそも私の油断があったために襲われる破目になったのだ。
見通しが甘いと叱責を受けなければならない程なのに、凛翔はそれについては何も言わない。
私はそれが酷く気詰まりであった。
確実な証拠という物が皆無の中、それぞれの処分の決定にはかなりの紆余曲折があったものの、ようやく全てを処理し終え、帝都への帰都についた。