四 腕比べ
宮に近くにつれ、歓声が大きくなっていく。
いいぞ、やれ、そこだと、誰かを応援するような言葉が聞き取れた。
サーッと私は青ざめた。
まさか、剣の立ち合いをするのか?
私と玉祥は、常日頃から武官として恥ずかしくない程度には腕を磨けと佑茜から言いわれ続けていて、毎日の練習は欠かしていないが、それでも二人掛かりで佑茜に切り掛かって、軽くあしらわれるくらいだ。お世辞にも剣の腕は良くない。
ちなみに克敏は生真面目で、非常に武勇に優れた皇子だ。当然のようにその側近達も、なかなか腕が立つ人材が揃っている。もし立ち合いとなったら、勝てる可能性はまずない。
そもそも佑茜と事ある毎に衝突するのも克敏の生真面目さ故で、ちゃらんぽらんな佑茜をもう少しまともにさせようとするためだ。第七皇子とはいえ、佑茜は帝位継承順位で言えば、長兄に次ぐ第二位の地位にいた。そんな高位にある人間にフラフラされては、帝国にとっては大打撃だと考えているのだろう。
当人に確認はしていないが、その言動から、おそらくそうなのだろうとは私でも察する事が出来た。
それが騒動になるのは、完璧に佑茜が間違った方へ克敏を煽るせいだった。
「もっと真剣にならんか!」
克敏の怒声が響く。
建物を周って声のする方に行くと、佑茜と克敏が剣を交わしていた。
試合と言うには佑茜の様子は真剣みが足りない。
兄弟のじゃれあいのようなものた。
切り掛かる克敏の剣を受けずにいなして流し、ちょっとバランスを崩したと見るや冗談のように切り掛かる。かと思いきや、すぐさま剣を引いてまともに立ち会おうとはしない。
克敏がそのふざけた様子に腹を立てるのも当然といえた。
ふと剣を切り結んでいた佑茜が私達の方へ目を向けた。
「お前達、遅かったな」
にやりと笑って何事もなかったかのように声をかけてきた。
そこで声をかけるか!?
私はギョッとして皇子達を見つめた。
克敏はちょうど佑茜に切りかかった所だった。相手が受け止めるであろうという信頼があるからこそ、本気で討ちかかれるのだ。
急にやる気をなくされても、勢いに乗った剣をとめることは簡単ではない。
焦った顔の克敏と、それを全く気にも留めていない佑茜。
私は最悪の事態を想像して、顔を強張らせた。
幸い、克敏の剣はわずかに逸れ、佑茜の背後にある木にぶつかり見事に折れた。
よくあのタイミングで佑茜を避けたと、内心で克敏に喝采を送る。さすが武勇に優れている方だ。私や玉祥には同じことをやれと言われても、出来ないと断言できる程だ。
「若飛(幼名が佑茜)! 危ないだろう!」
「もちろん兄上なら剣を止められると信じてのこと」
克敏の怒声にも、佑茜はびくともしない。
若飛とは佑茜の今の名だ。佑茜は私や玉祥を頑なに幼名で呼び続けているため、私達はそれに倣い、私達もまた互いを幼名で呼んでいるのだ。
「そうではない! 万一の事があったらどうするつもりだ! 死にたいのか!?」
「はっ、現に俺はピンピンしるだろ」
「ああいえばこういう。その減らず口を閉じろ」
「それより、剣がだめになってしまった。勝負はここまでだな。ま、今回は俺の負けってことで」
克敏は憮然としてそれを否定する。
「いいや、引き分けだ。勝ってもおらんのに勝ちを譲られるわけには行くまい。此度は引き分けとする」
克敏らしいといえば克敏らしい潔さだ。
だが私は佑茜の口が微妙にうれしそうに歪むのを見てしまった。
私は己の主の腹黒さに些かげんなりとした。
「しかし、勝敗が決まらないのは面白くない。兄上、配下同士で立ち会って勝敗を決めるというのはどうだ?」
と、とんでもない提案を佑茜ははじめた。
おい! お前は負けたくなかったんじゃないのか!?
はっきり言えば私は負ける自信は、かなりある。
佑茜は私たちの腕の程度はよくわかっているはずで、9割がた負けるだろう事は予想がつくはずだ。
「なるほど、面白そうだ」
克敏までも、かなり乗り気だ。
前回の騒動では部下も参加してのナンパ合戦だった。
それを考えれば、配下同士を競わせるのもアリなのだろう。
不本意ながらも私の予想通りに立ち合いが始まってしまった。
最初は玉祥から。
相手は克敏の従者。
克敏の従者は私より歳が少なそうな容貌をしていた。
青年と呼ぶべきか少年と呼ぶべきか非常に際どいところだが、背は私よりも高い。
見た目だけで実は年上、なんてこともあるかもしれないが、私や玉祥でも勝機がありそうな相手ではある。
克敏も一応私たちの実力に応じた相手を選んではくれたのだろう。
どこまでも生真面目一直線な皇子だ。