三十九
暫くした後、凛翔が部屋に入ってきた。
「美齢を保護しましたよ」
疲れた様子ながら、僅かながら晴れ晴れとした口調でそういう。
凛翔が保護というのだから、間違いなく安全な場所にいるのだろう。
その事実に少しだけホッとした。
後は真祥の方だけが気がかりだ。
恐らくはまだ現場で奮闘している従者達を思う。無事に保護できればいいのだが、従者達ならば上手くやってくれると信じていても、やはり心配は心配だ。殊に美齢の嘆きを思えば、なんとしても無事でいて欲しい。身内が死ぬ、それも己のせいで死ぬというのが、どれほどその心を傷付け苛むか知っているだけに、そう思わずにいられなかった。
「怪我などはしていませんか?」
と凛翔に尋ねると、意外そうな顔をされた。
「まだお聞きではない?」
「ええ」
「大きな怪我はありません。ただ精神的に不安定になっているため、暫くは私が保護し、状態が安定して後帰そうと考えています」
「ならば、伯達にお預けになるといいでしょう」
「そう、ですね。私が保護するより、そちらの方が幾分気持ちも楽でしょうね」
「都督の方はいかがでしょうか」
「これから追求します」
「犯人は捕らえられたのですか?」
「無論です」
「では、その犯人たちはどこに?」
「既に収監されていますよ」
顔を顰めそうになってしまった。収監という事は、都督の手の中ということではないか。
「でしたら、可及的速やかに、その犯人を保護してください」
「どういう……まさか!」
凛翔は言いかけ、すぐに思い至ったように目を見開いた。
察しのいい人だ。
だが私が指摘する前に、それに気が付いて欲しかった。
「忠告ありがとうございます!」
凛翔は部屋を飛び出していった。
手遅れかもしれない、そう思いながらも私はそれを見送った。
夜半になって、條と伶が戻ってきた。耀の姿がないことから、真祥は無事保護でき、そして帝都へと送られたのだろう。
「ご苦労だったな」
二人とも酷く薄汚れ、苦労した事が偲ばれた。
「真祥殿は無事帝都に送り出しました」
條が報告すると、伶も頷く。
「怪我が酷く、今までかかってしまいました。ご報告遅れまして申し訳ありません」
二人の報告に私は答える。
「問題がなかったのなら言い。私はこの通り実際に動くわけにも行かない立場だ。現場を見聞きしているお前達の方が、私よりよほど正確な判断を下せるだろう」
ここ数年、私の従者として色々な事に携わらせてきた。三人で力を合わせ相談して物事に当れば、私などいなくとも、なんら問題ない程度には鍛えてきたつもりだ。だからこそあまり心配せずに送り出せる。
今後の事を考えると、逆にそうなってくれなければ、私が困るのだ。
「美齢は凛翔様の手のものに保護された後、安全な場所へ移送されました」
「美齢の方に残ったのは、伶か?」
「そうです」
「今頃は祭伯達の元にいるはずだ」
「お聞き及びでしたか」
「ああ。凛翔様が報せに来てくださった。読みどおり襲撃があったのだな」
私のその言葉に答えたのは條だ。
「犯人は捕まらなかった様子です。他に真祥殿の仲間と思しき者が数人負傷しましたが、どれも命に別状はありません」
「どんな様子だった?」
「真祥殿が一人で居る所をまず襲われました。ですが、すぐさま助っ人が現れ、加勢し出したのですが、人質の存在を仄めかされ、真祥は動けなくなりました」
「まあ順当な脅し文句だ」
私は頷いた。
「実際のところ、これを見ていたのは耀なので、私はあまり詳しくは判りません。ただ、その後の幾つかのやり取りの後、真祥殿が斬られ、崖下へと突き落とされたのです」
「凛翔様の手の者に美齢を任せ、私が駆けつけたとき、ちょうど崖下へと落ちていくところで、私と條とで川から引き上げました」
「耀曰く、襲撃者は真祥殿を突き落とした後、すぐさま蜘蛛の子を散らす勢いで現場を去ったそうで、真祥殿の仲間達が崖に落ちた彼を助けようと、犯人を追うのを断念し、崖下に向かいました」
條と伶はかわるがわる報告していく。おおよそ想定内の出来事と見ていいだろう。
「お前達自身は、誰にも見つからなかったんだな?」
最も気がかりな事を確認した。
「気が付かれてはいないはずです」
條が断言し、それに伶も頷く。
「そうか。よく判った。他に急ぎの報告が無ければ、お前達も今日はもう休むと言い」
「都督の動向を調べなくとも良いのですか」
「そちらは凛翔様が探っておいでだろう。問題ない。それに、それほどまでに疲労困憊するお前達を使うほど、私は考えなしではない」
二人は目を見交わし、苦笑した。