三十八
「……これは事実ではなく、私の推察または想像になります」
それでも良いと凛翔は先を促してくる。
あまり話したくはないが、凛翔にも関係する話だ。
自衛を促すという意味でも必要だが、進んで口にしたいことでもなかった。
「今回の暗殺の首謀者は、都督であり、祭伯達であり、また別の人間でもあります」
「都督……ではないと?」
「正確には、都督も、と申し上げるべきでしょう」
「では真祥が見たという都督と暗殺者の会話というのは、でっち上げですか」
「いいえ、事実でしょう。そもそもの始まりは、帝都にあります」
「つまり、私が標的であった、という事ですか」
「私がここへ来る事になったのは、直前に決まった事です。本来ならば凛翔様のみ。ですが何らかの事情があり、その標的を私に切り替えた。その暗殺者は都督側、祭伯達側の双方に接触を図ったことでしょう。祭伯達は真祥にその暗殺者との会話を漏れ聞くよう手配し、都督を陥れようとした。だからこそ都督は宿舎の人員を遠ざけ、そして火事になるとは考えてもみなかった」
「それでいくと、真祥がその後大勢の中で、きちんと所在を目撃されていなければ、話が破綻してしまいます。都督を嵌めるための証人になりえないではありませんか」
「祭伯達にとっては、不測の事態です。そもそも真祥が私の元に忠告に走るとも考えていなかったのではないでしょうか」
「暗殺者がいると思われたのは、なぜです」
「口を封じに来たからです。私であっても、凛翔様であっても、殺されれば州政が立ち行かなくなるほどの大問題となります。それらの危険を冒す理由は、上からそうはならないと保証を受けたか、それを上回るほどの益がある場合です」
「つまり……その首謀者というのは、帝都にいる、兄上達だと、そう仰るのですね」
歯を食いしばるように凛翔は言った。
私がここに来たことを知りえたのは、そして凛翔か私を暗殺したいと願うのは、どう考えてもそれ以外にない。
よく判りましたといい、凛翔は部屋をあとにした。
その背中が悄然としているように見えたのは見間違いなどではないのだろう。
暫くして伶が再び報告にやってくる。
「美齢を連れて移動を開始しました」
事態が動き出した事を私は悟った。
「凛翔様の手のものはどうなっている」
「私共の側に、やはり同じ様に潜んでおります」
「その者達の監視から逃れる事は可能か?」
「彼らの注意自体は美齢に向いていますので、問題ありません」
私は頷く。
地図を取り出し広げた。
「今日は真祥が欧小台へ向かうこととなっている」
伶は私の言わんとすることを、真剣に検討していた。
そしてある一点を指し示す。
「この、川沿いは、地図ではがけ崩れが発生し易くなっています。そこで……」
私はその通りだと頷く。
「恐らくはその可能性が高い。真祥側も警戒しているはずだが、事態がどう動くか判らん」
「その襲撃に割り込みますか?」
「いいや、その様な事はしない。だが……”被害者”を掻っ攫うくらいは許されるだろう」
あくまでも万が一の場合にしか動かないという事だ。手当てが間に合わず命を落とす可能性もあるが、そこは運任せだ。
「では、潜んで事を待ち、混乱に乗じて秘密裏に保護する、という事ですね」
「そのまま怪我の手当てをし、帝都に運べ。くれぐれも凛翔様や都督らに気が付かれるな」
「判りました」
「手段は問わないが、真祥を帝都に運ぶのは耀に任せる。お前と條は送り出した後は戻ってくるように。私が帰都する前にもし佑茜様に見つかった場合、この書状をお渡しせよ」
用意していた書簡を取り出し、それを手渡す。
「美齢の方はいかが致します」
「そちらから全員手を引くわけにも行くまい。凛翔様の配下の者もついていることもある。一人残しておけばよいだろう」
「了解しました。若様のお言葉を二人にも伝えます」
伶はあわただしく部屋を出て行った。
私の護衛という名の監視は大分少なくなったとはいえ、それらを巻いて外出するには難しい事は変わりない。
凛翔はよほど私が無茶をすると考えているらしい。
それともあの話をするのが早すぎたか。
あれで凛翔は警戒心を随分上げた。
私への暗殺の手も、そして凛翔自身への攻撃も、どちらも想定して動いている。監視の厳しさはそのせいもあった。