三十五
凛翔は一通り事情聴取をした後、今回の件の対応のために、護衛の半数を残し庁舎へ出かけていった。同時に都督や真祥も連れて行ってしまう。
私は借り上げた宿屋で引きこもる事になった。
暗殺騒ぎについては、完全に蚊帳の外に置かれるということだ。皇帝への報告書作成を指示されている。
先の騒ぎで焼失したり、判読できなくなったりと、作成してあった報告書がかけてしまったせいだ。
高みの見物と言うのはまだしも、このまま一人取り残されると言うのも面白くはない。
残された護衛は私に対する警護であると同時に、監視の目でもある。あまり派手な事はできない。
「どうなさいますか?」
耀が尋ねてきた。
「都督の動きを監視する。が、それ以上に、真祥の妹を注視しておく」
「三人で二方向を監視する事は……」
「都督の方は、お前達の手が空いているときだけでよい。私が探らずとも、凛翔様も警戒されているはずだからな。妹の方は、都督が以前と同じ手を使ってくる可能性が高い。その時への万が一の場合への保険だ」
「いざと言う時はお助けせよ、ということですね」
「そうだ。ただし、その命が危険に晒されるなど、緊急の事態になるまで、介入はギリギリまで控えよ」
「承知いたしました」
もっと探りたい人物や場所はあるが、今は動かせるのが彼らしかいない。今回の視察があまりに唐突で、準備が全く出来なかった。こういった非常時にも動かせる人員を、帝都に戻ったらもっと確保せねばならない。
胸中に重要課題として書き込んだ。
従者達は私の命を忠実に実行した。
妹の方に動きは全くなく、ほぼ都督の行動に対する報告ばかりだ。
食事時になると凛翔は宿屋に戻ってきて、捜査の進展を教えてくれる。同時にもの問いた気な様子だった。
恐らく従者達の行動を把握していて、それらに対する疑問を口にしたいのだと思う。
事実私にはいくつも報告すべき事がある。
宿舎消失は祭伯達の手によるものだし、その後の密談、前都督から現都督への権力委譲についての疑惑など、それをあえて黙っている。
知らなければ処罰の判断を間違う可能性の高い要素ばかりだ。
凛翔が尋ねてこないことをいい事に、それを伏せていたのだ。
それどころか、訊ねられても正直に答えたかかなり微妙だ。むしろすっ呆けた可能性の方が高い。
全部、話の流れや凛翔の出方次第だ。
私は未だ凛翔の本質を掴み切れていない。
例えば私が祭伯達のことを話したとする。しかし何も証拠などはないが、私のその不確かな証言だけで処分をしないとも限らない。凛翔にはその権限があるのだ。
私はそれを好ましいとは思わない。権限があるからこそ、その様な刑法にもとる様なまねをして欲しくないし、法は率先して守ってもらいたい。それがこの地に順法への意義を植えつけることにも繋がるはずだからだ。
他にも潔癖すぎてそういった後ろ暗い治世手法があることを良しとせず、法で処罰はせずとも州政から遠ざけようとしないとも限らない。
勿論、祭伯達への捜査に手心を加える等論外だが、その追求をかわしきって州政に自力で戻ってきて欲しいとは願っている。
だから凛翔へすべてを話すのは人物を見極めてからでなければ出来ない。
これが兄の克敏皇子ならばそういった心配をせずに済んだが、まだ付き合いが殆どないハッキリと言えばその性格等を捉えきれていない相手だからこそ、そういう配慮も必要だった。