三十四
明けて翌朝。
「紘菖殿は、真祥より忠告を受け、それを報せに私へ使者を出したのでしたね」
「その通りです」
凛翔の言葉に私は頷く。
「これはあやつの罠です。私はその様なことは決してしておりません」
唾を飛ばさんばかりの勢いで都督は否定した。
「その使者を出したことで、紘菖殿はただの一人となってしまった。そして言葉通り襲撃された。それで間違いありませんね?」
凛翔は都督を無視して話を続けた。
「あやつが私に罪を擦り付けるために仕組んだことです。紘菖様をお一人にし、その機会を作り出したのです」
私が答える前に都督は主張した。
「今は紘菖殿に話を伺っています。黙っているように」
凛翔は煩げに言う。
「いかがですか?」
「凛翔様の仰るとおりです」
「よくご無事でしたね。怪我をされてはおられないのでしょう?」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません。擦り傷程度のかすり傷です。相手は手強くありましたが、どうにか撃退する事ができました。仕留めるまではいかず、みすみす逃がしてしまいました事お詫び申し上げます。ですがそのやり取りをしていた為に、すっかり逃げ遅れまして、火に巻かれてしまいました。他に逃げ道はなく、川に飛び込まざるを得なかったのです」
「その最中、真祥を見かけましたか?」
「いいえ。忠告を受けた後すぐに返し、それ以降一度も顔を合わせては降りません」
私は全てを話しているわけではない。凛翔はそれを敏感に感じ取っているのだろう。
不信とまではいかないが、不可解そうな様子だ。
その真祥が呼ばれて部屋に入ってきた。
都督は険しい表情を崩さない。
凛翔は目撃したものについて詳しく聞きだしていく。
それは私の聞いたものとほぼ代わりのないものだ。
所々都督が嘘だ何だと合いの手を入れていくが、凛翔は意に介さなかった。
私に忠告をした後の行動は、自宅に帰ったと言っていた。火事には気が付かなかったという。私が伯達に真祥にはあっていないと宣言したとおりの発言だ。
当然だが目撃者も、他にそれを証言する事が出来る者もおらず、都督がお前がやったのだろうと畳み掛けていく。
凛翔がそれを止める。
この皇子がどう判断し、どうこの事態に収拾を付けるか見ものだとも思う。
私は他人事のようにそれを眺めていた。
「凛翔様、よもやこのような者の申すことをお信じになられるのですか!?」
「それをお前に話す必要はない」
「あの火事にしろ、全部こやつの仕業です」
流石に聞き苦しく感じる。
あの火事は確かに都督にとっては想定外だったろうが、もう少し知恵を回らせて、真祥が犯人の証拠でも作ればよいものを。ここでただ声高に主張するより、よほど説得力があるというものだ。
「都督はこう申しておるが、紘菖殿が一人となる事を狙い忠告に来たのか」
「護衛の一人もなく、側仕え一人しか置いておられないとは、考えてもおりませんでした」
真祥は頷いた。
「お前の言う通りだ。護衛を相応の数残すべきだったのだ。私の見通しの甘さゆえだな」
「火が出たとき、私にそれを教えにくる者はおりませんでした。宿舎に人が全くいなかった証です。召使も下働きも、宿舎にいるべきその者達が、全くいなかったと言うのはおかしな話ではありませんか?」
「紘菖殿の言われる事も最もだ。人払いがなされていたと言う事だ。都督、これはどういうことだ?」
都督はしどろもどろに言い訳をする。
「宴のための人手が足りず、宿舎の方の人間を呼び寄せていたのです。他意はありません」
「紘菖殿が欠席される事は早くから通達してあった。その紘菖殿の食事等はどうするつもりであったのだ?」
「それは……」
都督の意図はあまりにも明白だ。
だが、それをする動機もまた、存在しない。
宿舎焼失となれば明らかに都督の失態で、私が暗殺されかけたと言う事実が無くとも、その責は負わねばならない。
確かに私は都督にとってすれば、明らかに邪魔な存在ではあるが、自身の地位を賭けてまで害そうとすると言うのは、動機としては少し弱い。
「火の回りも早く、一人二人の仕業とは考えにくい。もし宿舎に火を放つのであれば、そのための人員が複数必要です」
「成程……」
凛翔は都督への疑いを捨てたわけではなさそうだが、下働きなど一切を排除したと言うことは、逆に火を放つための人員を別に用意しなければならなかったという事に思い至ったようだ。
「状況はよくわかった。今後はそれらの証言をもとに調査をしていく。都督と真祥は戻ってよい」
真祥はすんなりと、都督は未練たっぷりな様子ながら、部屋を辞していった。
二人が出て行くのを確認し、チラリと意味ありげな一瞥を寄越す。
「今回の件については、私が調査します」
「それは私へ手出しは無用である、という意味でしょうか」
言葉の形は質問ではあったが、ほぼ確認の意味しかなかった。
「紘菖殿は陛下に提出する資料の作成をお願いします。私が持っていた資料だけでは、如何にも足りません。時間も無いことですし、分業と行きましょう」
判りましたと私はただ頷いた。