三十三
「それで、頼んだ事はどうだったんだ?」
3人は目配せしあい、最初に伶が口を開いた。
「前任者の都督ですが、既に亡くなっておりました」
祭伯達が前任者だろうと思っていたが、違うのか?
私の心の疑問に答えるかのように一度大きく頷き、続ける。
「当時祭伯達は、都督の側近として州政に携わっていたようです。ですが前都督殺害の嫌疑をかけられ、その地位を追われたとの事です」
「病死ではないと言う事か」
「はい。表向きは事故死と言う事になっているようですが、色々不審な点があるそうです。ただ決定的な証拠が出てこなかったために伯達は地位を追われるのみで済んだようですね」
解せない話だと思う。
証拠がないのに地位を追われた?あの祭伯達に、そんな事がありえるのだろうか。少なくとも現都督に証拠もなく祭伯達を排除するほどの力があるようには思えない。私にその実力を測らせないようにわざと間抜けの振りをしている可能性はあるが、正直違うような気がする。
「前都督の近親者はどうだ」
「細君は一緒に事故に巻き込まれなくなったとか。ですが息子と娘が生きています。息子の方は、この官庁で働いているそうです。若様もお会いになっているかもしれません。名前は傅真祥」
「あいつか……」
意外な名が出てきた。
という事は、色々な点に納得がいく。
「逆だ」
「なにがですか?」
「前都督を殺した者が、だ」
「では、」
「現都督側だ。それの責任を祭伯達に被せようとして、失敗した。だから伯達は生きている。もしかしたら何らかの取引があったのかもしれない。そうでなければ大人しく伯達が引っ込んでいるはずがない」
「……前都督の子供達は事故後暫くの間、現都督に保護されていました。祭伯達が失脚し、安全が確保されたと言って、漸く表に出られるようになったとか」
「人質、か」
都督は随分と露骨な手段をとったものだ。さぞかし反発も大きかった事だろう。
よくぞその反発を抑えきれたものだと感心するが、きっとその反発を押さえ込んだのは伯達だろう。
かなりの高位官職に伯達派の人間が食い込んできているのがいい証拠だ。
つまりそこまでして伯達は真祥とその妹を助けようとした。
どういう関係かはわからないが、伯達にとってそれだけ重要な人間である事は間違いない。
真祥自身現在は力のない子供ではなく、重要な役職を持った男でその発言力だって無視できない。
そして真祥はある意味、反都督派の御旗でもある。それを使い捨てのような囮になど使う意味はない。
伯達にとって真祥の行動は本当に想定外で、普段とは違う行動を真祥が取ったと言う事ではないのか。それでは真祥はなぜそんな行動をとったのかということが問題になる。
……判らないな。正直、判らない。
考えていても仕方がないことは、後回しだ。気持ちを切り替え話題を変えた。
「例の方はどうだった」
條が口を開いた。
「はい。ようやく連絡が取れました。すべて若様の指示通り動いているそうです。白牙の捜査も難航しているとの事です。その関係から第五皇子は皇帝陛下直属の配下より、厳しく取調べを受けているとの事です。今のところ若様との関係を類推する証拠物件などは出ていないそうです」
「そうか」
大丈夫だろうとは思っていたが、少しだけ安堵した。
まだ朱晋という繋がりがある以上、油断が出来ないのが難点だ。
第五皇子は慎重であるから、朱晋との関係を匂わす証拠となる物品は残していないはずだ。
だからこそ朱晋に罪を着せる事もできないし、その関係で私になすりつけようというのも難しい事になる。
私が紅扇宮から脱出する時、唯一それを目撃者した佑茜がどういう行動を取るかにもよるが、あの皇子は私を売るような真似はしないと半ば確信している。その程度には佑茜を信頼している。
そもそも第五皇子の力になる理由など祐茜にはないし、腹心の部下を差し出したら佑茜自身も類を免れない。
どれほど阿呆といわれていようと、佑茜がそのくらいの計算を働かせないはずもない。
故にあり得ない。
が、逆に私の想像を超えてそれを遣りかねないのも佑茜である。普通に考えれば何も心配がいらないのだが、あの皇子は普通じゃないから油断ならない。