三十一
酒と摘まみが運ばれてきた。
これで手打ちにしようという意味合いだ。
謝罪も言い訳もしないし、私もそれを望んでいない。
伯達は覚悟を、私は信念を見せた。
ただそれだけだ。
これから奴らが何をするのか私は関知しないし、事後の操作で手心を加えるなどの一切の手抜きもしない。
そういう意思確認だ。
ただし、これだけは言っておかなければならない。
「私はここには来なかった。忠告を受けた後真祥にもあっていない。火事の中自力で脱出した、とそういうことにしておく」
伯達達がそれにどう乗っかろうと私の知ったことではない。
後は自分達だけの力で乗り切って見せろとそういう意味合いを込め私はいった。
「真祥のこと、お任せしても構いませんでしょうか」
「万一の場合はな」
行く末を気にするくらいなら最初から囮にしなければいいものを。
呆れながらもそう答えると、伯達は丁寧に頭を下げた。
所詮私は部外者だ。
彼らが何を思い行動しているか等何もかもわかろうはずもない。
あれだけ切れる頭脳を持っているのだから見殺しにするなどもったいない。
仮にも恩人ということもある。
伯達に言われなくともこっそり手を回して匿う位するつもりだ。
私の手など必要なくすめば越した事はないが、それも虫のいい願い。
恐らくは無理だろう。
再び濡れた衣装を身につけ夜の森の中に舞い戻った。
短い会見だった。
伯達配下の者の微妙な視線を受けながら送り出された。
宿舎から程近い川沿いまでは馬で送って行ってもらう。
夜風の冷たさが身にしみるようだった。
空の明かりは随分収まってきていて、火勢は大分小さくなっているらしい。
川に沿って遡って宿舎に近づいていくと、幾人もの人が行きかっていた。
川から桶で水を汲みそれで必死の消火活動に励んでいる。
「森に類焼せぬよう隣接する木を切り倒せ!そこっ、あまり火に近づきすぎるな」
凛翔が先頭に立って消火活動を指揮している。
自身も工具類を手にして煤だらけになって作業をしながらだ。
生真面目で立派な皇子だとしみじみと思う。
都督の姿もあるが、なにやら自分の側近に色々指示を出しているようだが、どうも雰囲気がばたついている。
さて、奴らはどういう反応をしてくれるだろうか。
意地悪く思いながら私は近づいていった。
最初に気がついたのは、凛翔の側仕えの人間だ。
凛翔と共に作業していた彼と目が合った。
呆気に取られたかのように目を丸くしたと思ったら、弾かれたように皇子を振り仰ぎ声をかける。
凛翔は振り返り、私は目があったので挨拶をしようと手を上げかけた。
パッと身を翻し、手にしていた道具類を放り出して駆け出してくる。
「紘菖殿!」
「ご心配をお掛けしたようですね」
その血相を変えた様子に思わず苦笑してしまった。
宿舎の近くは火勢が強いだけあってかなり暖かい。
濡れた衣装に体温が奪われきっていた私には、その暖かさがありがたかった。
「ご無事でよかった。ずぶ濡れで……川に飛び込まれたのですか」
「気がついたら火に囲まれ、逃げ遅れておりましたので。一か八かで川に飛び込み事なきを得ましたが、かなり流されてしまいまして戻ってくるのに手間取りましたよ」
「なんにせよ、無事でよかった。お姿も見えず火に巻かれたのだろうとは思えども、この通り火勢が凄くてとても中に入ることが出来ません。もうだめかと、内心思っておりました」
「私でもそう判断するところです。ですが凛翔様はお諦めになっておられなかった、だからこそこうして消火活動をなさっておられたのですよね。そのお心遣い有難く思います」
「いいえ。今回は私の失策です。紘菖殿が危険であると判っていながら護衛の1人も残さなかった。もっと警戒してしかるべきだったのです」
チラリと都督へと視線が向く。
「正直に言えば、都督がこれほどあからさまな手を使ってくるとは思えなかった。侮っていたのでしょう」
実際この火事は都督の手によるものではないのだから、凛翔の言葉はわからなくもない。
だがそんな事はいえないので私は黙っていた。