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偽りの王  作者: ゆなり
30/122

三十

 馬に乗せられ連れて行かれる。

 縛られてはいないが腰に差していた剣は取り上げられたままだ。

 後ろにまたがるのは真祥(しんしょう)なのだが、手綱は彼がつかんでいてどうにも逃げられそうにない。

 真祥(しんしょう)を殴り倒して逃げると言う選択肢はある。

 が、そんな事をすればすぐに追いつかれてしまう。

 武器もなしに無茶をすれば確実に殺される。

 不本意だ。

 途轍もなく不本意だが、今は従っているしかない。

 どうせ逃げられないのであれば、伯達(はくたつ)をしっかり観察させてもらうとしよう。

 危険は承知しているが、伯達(はくたつ)を取り込む絶好の機会でもある。

 虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。

 予想通りの人物であればこちらの提案に乗ってくることも充分考えられる。

 それとも伯達(はくたつ)は私の予想外の取引を持ちかけてくるだろうか。

 上手く切り抜けなければ、そうではない場合は……私の命はない。

 もしそうであってもむざむざ殺されるつもりはない。

 せめてなりとも一矢報いてやるつもりだ。

 静かに覚悟を決めた。


 馬に乗せられたまま連れて行かれたのは、州を代表する官吏のすむ屋敷としてはかなり質素なたたずまいだ。

 伯達(はくたつ)配下の人間3人の内、1人が先に中に入っていった。

 残った2人に監視されながら、ゆっくりと馬上から降りる。

 私の後に続いて真祥(しんしょう)も降りてくる。

 程なくして屋敷の中から数人が飛び出してきた。

 その大勢に確保されて屋敷の中に誘われた。

 ずぶ濡れのままは何かと問題あるらしく、入り口から程近いところで服を着替えさせられた。

 乾いた衣装を渡されて衝立の影で着替えた。

 衝立の向こう側では私が逃げ出せないように伯達(はくたつ)の部下が待ち構えている。

 着替えの手伝いを申し出てくる輩がいなかったことは幸いだった。

 着替えが終わると、奥まった場所にある部屋に通される。

 そこには伯達(はくたつ)が待ち構えていた。

 武器は取り上げられたままだが縄を打たれたりはしていないので、伯達(はくたつ)がいることに少し意外な念を抱いた。

 しかも他に伯達(はくたつ)の部下達は誰一人入ってこなかった。

 真祥(しんしょう)を囮に使った上で、他の部下達に私の殺害を命じた本人。

 少なくとも真祥(しんしょう)の人物像を見誤る程度の人間で、よもやこれほど堂々と現れるとは思わなかった。

 武器は無くとも動きを制限させられていない殺そうとした相手を、こうもあっさり目の前に連れ出すというのはよほど武芸の腕に自信があるのか。

 それとも私の人物像を把握しているために害はないと判断したか。

 先行した人間から真祥(しんしょう)の行動は聞いているはずで、あっさりと取り押さえられたという報告を受けて侮っているのか。

 もっとも私の考えすぎで、全く何も考えていない可能性もある。

 大人物振りを印象付けるにはある意味効果的ではあるが……。

 さて、どういうつもりだろうな。

 無表情で伯達(はくたつ)の前に腰掛ける。

 用意されていたのは上座の席だ。

 伯達(はくたつ)の意図が読めない。

 纏う色にも敵意はない上に、表情からも何一つ読み取れなかった。


「お伺いしたい事がございます」

 単刀直入だ。

紘菖(こうしょう)様は民をどちらへ導かれるおつもりか」

 面白い質問だ。

 権力闘争云々でも、利権云々でもない。

 今回の事件に対する扱いについてでもない。

 伯達(はくたつ)の人間と言う物が判ろうものだ。

 かなり好感を抱いた。

 この質問に対する私の答えなど、考えるまでもないことだ。

 一瞬だけ答えるべきか否か迷ったが、素直にそれを口にすることにした。

「より良い未来」

 何をもって良しとするか、どうすればそれが実現できるか、其処に苦心する事はあれど根本の想いはその一言に尽きる。

 そのためならば私の地位や権力などどうでもいい。

 都督が頂点に立っていようと伯達(はくたつ)が頂点でいようと、もっとどうでもいいことで斟酌するべきことではない。

 そういう意味を込めて答えたが、伯達(はくたつ)に動揺はない。半ば予想していたのだろう。

 この質問が真っ先に来ると言う事は、信念を持って政に取り組んでいる人間であると言う証左に思える。

 自身の権力を強化し、私腹を肥やす事を考えていれば、もっと別の話を持ってくるはずだからだ。

 そしてそれ以上に覚悟がなければあの質問は危険すぎて出来ない。

 少なくとも今の伯達(はくたつ)の立場に私がいるとして、同じ事が聞けるかと言えば無理だと言い切れる。

 穿った見方をすれば、暗殺騒ぎの裏に自分がいるが、民のためにならないのではと判断し実行したのだと暗に仄めかしているとも取れた。

 伯達(はくたつ)の纏う色は例えそうとられても良いという覚悟さえ見える。

 私への敵意殺意というものは綺麗さっぱり消えうせている。

 何らかの賭けでもしていたのだろうか。

 部下達に私の始末を命じた時点では確実に生かして返す予定はなかったはずだ。

 この短い時間の間にどういった心情の変化があったのか。

 私は伯達(はくたつ)の次の言葉を待った。

 自分から言葉を発するつもりはない。

 出来る限り相手の手札を晒させて、自分の手の内を読ませないと言うのは基本中の基本だ。

 私にしてみれば敵陣にいて不利極まりない状況なのだから、守勢に回ってしまうのも致し方がないだろう。

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