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偽りの王  作者: ゆなり
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二十六

 黒尽くめの男は白刃をきらめかせながら踏み込んできた。

 床に身を投げ出す事でそれを避ける。

 床の上を転がり距離を取って身を起こし、剣を抜いた。

 すぐさま黒尽くめも追ってくる。

 立ち上がりながら、私は手にしていた剣でそれを受け止める。

 重く鋭いそれ。

 力では敵わないので切り結んだまま押し合いをする事は避ける。

 身体を引いて剣をひねり、男の剣をいなした。

 そのままバランスを崩してくれればいいのだが、そう上手くはいかない。

 すぐさま体勢を整え打ちかかってくる。

 障害物がいくつもある室内で、足場を細かく移動させながら打ち合っていた。

 この期に及んでも黒尽くめは何の色も浮かばない。

 本職の暗殺者だ。

 私(標的)を殺める事に何の躊躇も持たない相手。

 ただ淡々と命を取る事だけに集中している。

 手ごわい相手だ。

 確実に私では敵わない。

 だからと言ってむざむざやられる訳にも行かない。

 今の私に取れる手段は一つしかなかった。

 勝てないまでも負けることのないそれ。

 防御に専念して相手の疲労を待って諦めてもらう。

 こっちの体力は温存しつつも、相手に大振りさせるよう仕向けたり、わざと小さい隙を見せて踏み込ませて疲れさせるとか。

 しょぼくて作戦ともいえないそれは、佑茜(ゆうせん)との練習で磨きに磨かれたものだ。

 時折思いついたかのように佑茜(ゆうせん)は私や玉祥(ぎょくしょう)を相手に特訓と称して暴れ回る。

 2人がかりで簡単にあしらわれるのだからまともに付き合えるはずもなく、佑茜(ゆうせん)の体力を削らせつつも自分は体力温存してなんとか凌いできた。

 おかげで磨かれたこのセコイ技の数々。

 これまで打ち合った感覚からして、この暗殺者は私以上なのは間違いがないが、佑茜(ゆうせん)程の腕はない。

 ならば凌ぐだけならばそのセコイ手が充分通用する。

 問題は、こちらにあまり時間がないことだ。

 あまり時間をかけすぎても火が回りきって逃げられなくなる。

 そして真祥(しんしょう)の怪我。

 様子を見る余裕などないのでどの程度か判らないが、あまり長い間放置していていいものでもない。

 なんとかコイツにお引取り願うまで耐えてくれよと心の中で祈る。



 どの位の時間が経ったのか。

 実際にはそれほどかかっていなかったのだとは思うが、私には果てしなく長く感じた。

 凌いでいるだけの私も息が上がり、集中力が切れかけていた。

 苦しいのは相手も同じと剣を構えるが、正直その体力には舌を巻いていた。

 流石本職の暗殺者だと妙なところで納得する。

 私も死に物狂いなら、相手だってそう簡単に諦める事などできないだろう。

 特に実力的にははっきりと下の人間を相手にしているからには。

 肩で息をしながら相手をしていると、突然黒尽くめはバランスを崩した。

 いっそ不自然なまでのそれに僅かに躊躇が生まれるが、私は下から斜めに掬い上げるようにして切り上げた。

 バランスを崩したそいつは不安定な体勢ながら後ろに背をそらし、紙一重で避ける。

 そしてそのまま一歩二歩後方へと退いた。

 僅かにふらつくその足元に、私は目を見張った。

 黒い布地が切り裂かれ、地肌が見えている。

 チラッと視線を下げれば、真祥(しんしょう)が刃物を手に身を起こそうとしているところだった。

 無事とは言いがたいが、動けないほどではないらしい。

 そしてやられた振りをして絶好の機会をうかがっていた。

 少しづつ場所を移しながら切り合いを続ける私達が近づくのを息をひそめて待ち、私にだけに集中しているそいつの足元を手にしている剣でないで傷つけた。

 出来たその隙を突いて止めをさせなかったのは私だ。

 2度同じ様な機会が巡ってくるとは思えない。

 苦く思った。

 黒尽くめの暗殺者は不利を悟ったのか、懐から何物かを取り出し、それを床に叩き付けた。

 そして手早く火を放ち後方にあった窓から身を躍らせる。

 あっという間の早業であった。

 火は一気に燃え広がり、後を追う事は出来なくなった。

 押し寄せる熱気に顔を背ける。

「立てるか?」

 真祥(しんしょう)の傍らに膝を付き様子を見る。

 彼はふら付きながらもゆっくり身を起こしていく。

 歯を食いしばり、軽い怪我ではない事は明白であったが、命に関わるほどではなさそうだ。

 肩を貸し立ち上がらせる。

「ここを出たら手当てするから、少し我慢しろよ」

「申し訳ありません」

 脂汗を流しながら真祥(しんしょう)は言った。

 こいつの怪我は私を庇ってのもの。

 むしろこっちの台詞だ。

 背負って行ってやりたいところだが、私にはそれだけの力はない。

 負担になるとは思うができるだけ自分で歩いてもらわなければならなかった。

 廊下に出て階段を目指すが、既に火が回っていた。

 ここは3階で窓から飛び降りられない事もないが、足の一本二本は覚悟せねばならず危険極まりない。

 臍をかんだ。

「あちらに」

 真祥(しんしょう)がまだ燃えていない廊下の奥をさした。

「あちらに飛び降りられる場所があります。そこから」

 どういうふうに飛び降りられるのか。

 とても気にはなったが私は頷いた。

 藁に縋るような気持ちだった。

 廊下の端のほうに来ると、熱気は大分ましになった。

 どうやら反対側の方が火勢は強いようだ。

 窓から下を見下ろすと、黒々としたものが見えた。

 そして時折何かを反射してキラリキラリと輝く。

 道理で火の勢いが弱いわけだと納得した。

 こちら側は川の上に張り出すようにして建物が建っていた。

「水深もそれなりにありますし、ここなら飛び降りるのに問題はありません」

 と真祥(しんしょう)は言う。

 だが。

「お前1人で行くがいい。私は別の場所を探すとする」

 私は拒否した。

 訝しげな目を向けられた。

 それはそうだろう。

 だがしかし!

「私は、……泳げん」

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