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偽りの王  作者: ゆなり
23/122

二十三

 通りの向こうから歩いてくる姿に、彼は喜色を浮かべた。

 二階の窓から通りを見下ろしていた彼は、すぐさま階下に走り建物の入り口へ移動した。

 勢いよく店から飛び出すと、逆に入ろうとしたその人物とぶつかりかけてしまった。

「何だ。危ないだろ」

 いたって普通に苦情を申し立ててくる。

「お前!どこほっつき歩いてたんだよ!」

 華麗に苦情を無視して彼はその人物を怒鳴りつけた。

「別に」

 気のない返事であしらい、店の奥に向かっていく。

「イチ!こっちがどんだけ気をもんだか判ってるのか!?」

 彼はその後を追いながら詰る。

「いつもの事だろ」

「いつもって、おいこら、ちょっと待てって!」

 イチと呼ばれた男はどんどん奥に向かって進む。

 彼は仕方なしにその後をついていった。

 店の中には他に耳目もあり、彼のしたい話には憚りがあるのも事実だった。

 従業員専用で、他に人に聞かれる心配のない小部屋に入り、彼は切り出した。

「ちゃんと説明しろよ」

「だから何をだ」

「王宮に忍び込んだんだろ!?んでなんだか凄い財宝を盗んだんだって、街中もちきりなんだぞ!」

「いつもの事だって言ってるだろうが」

 イチはウンザリといった様子を崩さない。

「王宮なんだぞ!?どこがいつもと一緒だ!そこらの貴族の屋敷とは違うだろう!!」

 彼は怒鳴り、大きく息をついた。

「頭はお前だ。お前の決めた事なら俺たちは従うだけだ。だけど何も言ってくれなきゃ手伝いようもないだろ」

 イチは気だるげに見返す。

 無気力なその様子に彼はいい募る。

「お前が詮索されるのが嫌いな事は知っている。徒党を組む事を好まない事も。だけど俺たちは、俺は、そんなお前だからこそ力になりたいと思っているんだ。足手まといな事も知っている。だけど王宮だなんて危険な場所に1人乗り込むのを見過ごせるほど俺は人が出来ていないぞ」

 イチはガリガリと頭をかいた。

「だから、そんな大した事はない。王宮に入る事自体初めてでもないんだ」

「今までにも?1人でか?」

「ああ」

「何しに」

「……」

 答えないイチに、彼はハッと気がついた。

「悪い。聞かない約束だった」

「いいさ」

 事も無げにイチは言う。

「王宮に入ったのは、本当なんだな?」

「ああ」

「大逆の証を盗んだって」

「そんな大それた物じゃない」

 彼はそれを信じなかった。

「それを隠すために今日までほっつき歩いていたんじゃないのか?王宮からここまで数刻もかからない。なのにこの二日というもの全く音沙汰なしと来た。そうなんだろ?」

 イチはニヤッと笑うだけで明言はしなかった。

 だが、彼にとってはそれで充分だった。

「どんなだった?やっぱ相当なお宝なんだろう?」

「さて、どうだったか」

 イチは頭の後ろで腕を組んで空惚ける。

 ふと袖口から包帯が覗いているのを発見した。

「怪我しているのか?」

 腕を見、イチは苦笑した。

「手当ては」

「したさ」

「第四皇子はそれほど手練なのか」

「違う。第七皇子だ」

 イチは珍しく真面目な顔をしていた。

「はぁ?あの馬鹿皇子?」

 ギロッとイチは睨む。

 彼はその迫力に口をつぐんだ。

「馬鹿は馬鹿でも、ただの馬鹿じゃない。俺の逃走経路を先回りして、たった一人で待ち伏せしてやがった」

「1人?お前が、一対一で手傷を負わされたのか?」

 愕然として彼はきいた。

「そんなとこはどうでもいいんだよ!」

 珍しくイライラとした様子を顕にしていた。

「じゃあ何だって言うんだ」

 彼は内心で驚きながら聞いた。

 普段のイチは、例え腹を立てていてもそれと見せないような所がある。

 あまりにもらしくない態度だった。

「俺の行動を先回りしていたって事だ」

「あ?……もしかして、顔見られたのか?」

「見られたが、そうじゃないっての。人員配置や抜け道を全部把握していて、それらと王宮の動きを鑑みて俺の逃走経路を割り出し、先にそこへ回りこんでいたって事だ。ただの馬鹿に出来る芸当じゃないだろう!」

「中に詳しい皇子なら簡単だろ」

「あのな、優秀だって噂の第四皇子なら、それもまあ納得したさ」

「ああ……あ!?だからただの馬鹿じゃない、と」

 尋ねたがイチは答えなかった。

 イチは既に心ここにあらずの状態だった。

 何時もの様に何事かを無心に考え込んでいた。

 そうなるとどうしようもない。

 食事の時間になっても気が済むまでは何も答えなくなるのだ。

 やれやれと立ち上がり、仕事の続きに戻ろうとした時、それが耳を打った。

「あいつは、邪魔だ」

 ぼそりと独り言のようなそれ。

 暗く陰鬱な響を伴ったそれは、普段のいい加減なイチとはまるで別人のようであった。

 彼は振り返ったが、イチはあさってを見て深く思考の中をたゆたっていた。

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