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偽りの王  作者: ゆなり
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二 騒動

 朱晋(しゅしん)を見送り、今後のことについて考えを巡らした。

 よからぬ事を考えている人間については、どことどのような繋がりがあるか、普段の行動特性等の必要な情報を常日頃から集めていて、正直に言えば相手がどのような手を使ってくるかは、既におおよその見当はついている。

 問題はこちらの被害をいかに少なくするか、そしてどれだけ秘密裏に行動し先手を打つ事が出来るかだった。

 そこに臣下への思いやりというものが、欠片も考慮されることはない。

 内心がどうであれ、今までその腕を祖国の為に揮ってくれていたという事実さえ、斟酌する気持ちはない。

 なぜならこれはもう取るか取られるかの戦いで、その様な甘い事を言っていては、私が足を掬われる。ひいては他の部下達が危険に晒されるのだ。守るべきは自分自身であり、部下達だ。そこは決して間違ってはいけないのだから。

 理性ではそうするべきだと理解し納得していても、己の成すであろう非道に吐き気をこらえることは難しかった。

 自室の長椅子にだらしなく体を預け、片手で顔を覆った。

 今は一姫(いちひめ)からの手紙に目を通したい気分ではない。

 少なくとも、こんなドロドロした気持ちでは読みたくない。

 急ぎの用がないとも限らず、それがどれほど愚かなまねか理解はしていたが、感情が理性を凌駕しどうしても読めなかった。

 どの位そうしていたのだろうか、扉越しに従者が声をかけてきた。

「若様、よろしいでしょうか」

 そのままの体勢で従者の入室を許可する。

 入ってきた従者の機先を制するように、それを口にした。

佑茜(ゆうせん)様か?」

 従者は静かにそれを肯定した。

 属国の王であり佑茜(ゆうせん)の側近を勤めている私は、主である佑茜の賜っている宮の一角を佑茜(ゆうせん)よりお預かりし、そこで私と私付きの従者や召使達が暮らし、国元の執務を執り行い、また、主である佑茜(ゆうせん)の執務の補佐を行っている。

 気だるげに身を起こすと、従者は苦笑気味に見ていた。

 その手にある衣服に目を留め、なるほどとその理由を察した。

 それは動きやすい儀礼的な衣装で、閲兵式等で着るようなかなり改まった武術着だ。

 いかに私が王であろうと、剣術の練習でその様な改まった衣装を身につけることはありえない。

 ましてや、今が真昼間の執務を執る時刻となれば、ただ剣術の練習をするなどと言う事は考えられるはずがなかった。

 また佑茜(ゆうせん)がなにやら問題行動を起こし始めたようだとすぐさま理解する。

 佑茜(ゆうせん)は事あるごとに騒動を引き起こしては周りの者全てを振り回し、その振る舞いゆえに暗愚の名を欲しいままにしていた。

 その事で他の兄皇子達には見下げ果て蔑みの目で見られているが、本人はどこ吹く風といった様子で、いっかな気にする事はない。

 だが……愚かで気まぐれな行動をとろうと、私は佑茜をただの暗愚とは思えなかった。

 人の感情を色として認識できる私にすらその本心や意図を読ませない。どうしてそんな事がただの暗愚に出来るというのか。気まぐれでそして敵となる者には一切の容赦がない佑茜は、私にとっては最も恐ろしくそして油断のならない人間だった。


 従者の用意していた衣装に着替え、佑茜(ゆうせん)の部屋へ急ぎ向かった。

 宮の中は佑茜(ゆうせん)が余人をおくことを嫌うため、宮の維持管理に必要な最低限の人員しかおらず、酷く静まり返っていた。

 そこを足音を立てないよう細心の注意を払って足早に進み、人とすれ違う事もなく目的地へと辿りついた。

 だが、佑茜(ゆうせん)の部屋には呼び出したはずの本人が居らず、彼の乳兄弟の玉祥(ぎょくしょう)の姿しかなかった。

 私が部屋の中に入っていくと、玉祥(ぎょくしょう)は柔和な暖かい笑みで迎え入れる。

玉祥(ぎょくしょう)佑茜(ゆうせん)様はどちらに居られるんだ?」

 私が訝しげに尋ねると、玉祥(ぎょくしょう)は困ったように眉を下げた。

克敏(こくびん)様の宮だよ」

 その答えに私は絶句してしまった。

 克敏(こくびん)とは佑茜(ゆうせん)の兄皇子の一人で、日ごろから他の兄皇子達に比べ、何かと衝突することの多い相手である。

 間の悪い事に、ほんの少し前に諍いを起こしたばかりで、酷く怒らせてしまったばかりであった。

 佑茜は何故自分を目の敵にしているような人間ばかりがいるであろう場所にあえて乗り込んでいくのか。私にはとても理解できなかった。

 私のその様子に玉祥(ぎょくしょう)は気持ちは判るといいたげに頷いた。

「急ごう。佑茜(ゆうせん)様は先に行ってお待ちだ」

 なんて事だ。 佑茜(ゆうせん)が先に行って何しているか、考えるだけで恐ろしい! 今までの経験上、絶対に良からぬ騒動が待ち受けているに決まっている。当然のように、私や玉祥(ぎょくしょう)もそれに巻き込まれる事が決定したも同然だ。

 その事で目眩がしそうだった。

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