十八
さらに二日ほどかかって視察地に到着した。
「ようこそお出で下さいました」
頭髪が薄く非常に恰幅のいい男が出迎えてくれた。
都督自らが出迎えに立っていたのだ。
「ようこそお出で下さいました。長旅でお疲れでしょう。部屋を用意しておりますので、そちらでご休憩ください」
ひとしきり挨拶が終わると、そういって先頭に立って案内をしようとした。
私はそれを止める。
「まずは税収と収支報告書を見せてください」
都督は不快そうに顔をしかめた。
「まずは殿下に旅の疲れを落としていただく方が先決ではないでしょうか?」
「休憩ならば、報告書を見ながらでもできます。それとも、それらの資料も用意されていないのですか?」
視察なのだから、当然それらの品は用意されていなければならない。
だが、都督の周りの官僚達は困惑気に顔を見合わせていて、それらが用意されている雰囲気ではない。
なるほど、そういうつもりか、と内心でため息をついた。
「君、各庁を回って資料をかき集めてくるように」
都督の側の文官に、強引に命じてしまう。
「は。ですが」
私に命じられた彼は、チラチラと都督をうかがう。
「その様な勝手な真似をされては困ります」
都督は非難の声を上げた。
「何が困るのですか?」
冷静に指摘すれば、
「彼等は私の部下です。勝手に人員を使われるのは、困るのですよ」
「それは失礼した。では、命じてください。今、すぐ」
冷徹に告げれば、都督は僅かにムッとした様子を浮かべた。
「判りました。今から資料を集めてまいります。私の代わりにお前は殿下方を部屋へご案内しなさい」
「資料を集めてくるのはその者に任せ、貴殿にはその間に今後の予定について教えていただきたい」
「しかし、」
「それとも、そのものは各庁を回って資料を集める事すら出来ないとでも?ここはその様な役立たずを雇用しているのですか?」
「いいえ。そのようなことはありません」
「では構いませんね?一刻もあれば十分でしょう。その間に今後の予定について詰める事にしましょう」
「それではお疲れの殿下をおやすめすることが出来ません」
凛翔の側近方も、私を苦々しく見ている。
「身体を休めるだけであれば、貴殿の話を聞きながらでも十分です。第一、視察にかけられる日数は限られているのですよ」
私の言葉に皆は不満そうな様子であったが、他でもない凛翔がそれに同意した。
「紘菖殿の仰るとおりです。都督、私のことならば気にせず、彼の言うとおりにしてください」
この場で私よりも位が上なのは、凛翔のみだ。
属国とはいえ、王としての地位は決して低いものではないし、実際に佑茜の配下として、帝国内部での地位も持っている。
だからこそ私の言葉に誰一人逆らう事はできない。
そして凛翔がそれに同意してしまえば、決定事項となるのだ。
「御意」
都督はそう答えた。
その全身を怒りの色が覆う。
それだけ強引に事を進めたのだから、当然の反応だった。
「……の七施設となります」
都督は言葉を切って顔を上げた。
「二日目に回る施設と三日目に回る施設ですが、なぜこのような順番なのですか?最初に東の方にある施設を視察後、南部地方の視察、そしてまた東、次に北。移動距離を考えると、無駄が多いのでは?」
この近辺の地図を前に、私は疑問をぶつけた。
「それは、ですな。それぞれの施設をご理解いただくには、その順番が一番なのですよ」
苦しい説明だった。
つまり、そうやって時間を稼いで、視察を有耶無耶にしてしまおうという目論見だ。
私の国で視察した時も、同じ様な手を使ってきた官僚がいた。
どこも似たようなことを考えるものだと感心するな。
よもや上司の査察を交わす手本本が出回っているのだろうか。
「そうですか」
「ご理解いただけて何よりです」
「では、この地方で抱えている問題点についてお聞きします」
「問題点、ですか……」
都督の顔色は変わらないが、焦っているのが丸判りだった。
こういうとき、自分の能力がとても便利だ。
身に纏っている色がパッと変わって、疎ましげなものになった。
随分と都督にとっと拙い事があるらしい。
「視察先の施設はどれも成功例ばかりで、この地方における問題点が全く見えてきません。例えどれほど国が富もうとも、何らかの問題が出てくるものです。それらについて教えていただきたい」
「しかし、その様な事は、視察とは無関係では?」
都督は無駄な抵抗をする。
「よもや問題点を把握しておられない、と仰るのか?」
「滅相もありません」
管理能力を問うような事を言われると、権力を放したくないと考えるのならば、都督としても否定しなければならないだろう。
意地の悪い質問だ。
「では、教えていただけますね?」
凛翔がハラハラしながら私達のやり取りを見ていたのが、とても印象的だった。