十五
昼食後におこなわれた佑茜配下の警備隊隊長達との会合中、皇帝より呼び出しを受けた。
皇帝の執務室に急ぎ参上すると、皇帝本人とその側近、そして佑茜の弟である第八皇子の凛翔がいた。
私は内心で首をひねった。
私とは全くと言っていいほど係わり合いのない人間ばかりである上に、凛翔は本来なら王都には居ないはずの人間ですらあった。
凛翔はつい先日か先々日に地方へ視察に出かけたはず。
一応佑茜の副官としてはその兄弟達の動向くらいは掴んでいたから間違いはない。
王都に居ないはずの人間がなぜここに?私は無表情ながら必死に考えをめぐらした。
「呼び立ててすまないな」
皇帝の言葉に、私はとんでもないと返す。
形式ばったやりとりの末、皇帝は本題を切り出した。
「凛翔の視察に同行して欲しい」
意外なその台詞に、私はわずかに目を見張った。
動揺をそれだけでなんとか治め、答えた。
「佑茜様のご許可がなければ私からはなんとも申し上げられません」
「そのことであれば問題ない。あれには先に許可を取ったゆえ」
「そうでございましたか。であれば謹んで拝命いたします」
いつのまにそんな許可を取ったのかとか、佑茜はいったいなにを考えて許可したのか、朝の今で行動が早すぎるとか、凛翔皇子はとうに出発したはずではないのかなど、色々問い詰めたいことは山ほどあったが、ぐっとそれをこらえて頭を下げた。
皇帝に訊ねていいような内容ではないし、いちから全部人に聞くのではなく自分で調べ類推する方が重要だ。
用はそれだけだとの事で、凛翔と供に皇帝の執務室を辞した。
凛翔の宮の執務室で今後の予定等を話しあう事になるだろうと、私は佑茜の宮には戻らずに、凛翔の後に付いていった。
だが、凛翔の足は彼の宮の方とは別に向かっていく。
私は無礼かと思いつつも訊ねた。
「どちらへ行かれるのですか?」
「ああ、先にご説明せず申し訳ありません。これからすぐに戻らねばならないのです」
すぐに戻る、の台詞で、視察に出発後、身一つで舞い戻って来たのだろう事が推察された。
わざわざ私を伴うためだけにか?
不可解な理由に内心でますます首をひねった。
「他のご同行の方々は先行されておられるのですか?」
「そうです。昨夜遅くに、陛下より若飛兄上が紘菖殿(私のことだ)をお貸しくださる事を許可下さったと連絡を受け、私1人急ぎ戻って参ったのです」
「日時と場所をご指定下されば私から参りましたものを。殿下が自ら来られる必要はありますまい」
「皆にもそう言われました」
「ではなぜ?」
不敬であるとは思いつつも、好奇心が押さえられずに聞き返してしまった。
「前々から紘菖殿をお貸しくださいと何度もお願いしていたのですが、なかなか色よい返事を貰えず、ようやく若飛兄上から許可を頂けたのですから、若飛兄上のお気が変わる前に紘菖殿を連れ出してしまおうと思ったのです。……気分を害されましたか?」
その台詞に今度こそ本当に苦笑した。
「そのようなことはありません。若飛様(佑茜のこと)は気分屋にみえて、一度こうとお決めになられたらそれを違える事はない方ですよ」
「そうなのですか」
凛翔は素直な驚きの表情を浮かべていた。
実の兄弟さえもそうやって錯覚させる事ができる程うまく佑茜は振舞っている。
どこまでが知略の一端で、どこまでが本気でふざけているのか、私にも判らない時がままあるくらいだ。
気分屋だと周りに思わせる位は簡単だろう。
さすがに克敏は佑茜が気分屋ではないことは気が付いている節があるが、あれだけなんやかやと衝突していればそれも不思議はない。
「はい。お疑いでしたら、克敏様にもお聞きください。私と同じことを仰ると思います」
凛翔と克敏とは母を同じくする兄弟。
凛翔とは初めてまともに会話したが、くそ真面目で真っ直ぐな処はさすが克敏の弟と思わせる。
文華妃のご教育の賜物であろう。
お会いしたことはないが文華妃の人柄が偲ばれる二人だ。
それにしても昨夜の内にということは、佑茜は一体なにを考えているのか。
今朝ならばまだしも、行動が早すぎるし、ただの思いつきで行動しているようにも見えるが、そんな可愛らしいたまじゃないことは私が一番よく知っている。
だからこそ判らなくてより一層謎が深まったような気がした。
「申し訳ありませんが、紘菖殿も一緒に来て頂けますか?」
凛翔を見送ったら荷物を纏めて追いかけるつもりであったから、その台詞に面食らった。
「お急ぎになられていることは重々承知しておりますが、私の方も用意がありますので」
「それでしたら、陛下の方より指示がいっているはずです。後から紘菖殿の荷物や従者が追っ付け届く手配になっています」
「それでしたら……」
と消極的に頷いた。
ここまでお膳立てされていて、嫌ですなんて言える身分じゃない。
よもやこの様な執務着で旅に出る破目になるとは。
外套もない、普段持ち歩いている武器もない。
なによりも着替え等を手伝うはずの従者もない。
秘密を抱えている身としてはとんでもなくまずい状況だが、凛翔に従うより他になかった。
用意されていた馬車の側には凛翔の従者とその護衛が数人待ち受けていた。
その用意されていた馬車に乗り込み出発する寸前、私の従者の1人が駆けつけてきた。
皇帝よりの使いに話を聞き、取り急ぎ駆けつけたそうだ。
残った二人が荷物を調え後から追いかけて来るとの事だった。
従者は着替えなど持つ余裕もなく、私の外套と普段身につけている武器だけを手に、この広い皇宮を走ってきた。
宮の中や渡り廊下などを通り抜ける許可のある私と違い、ただの従者である彼には立ち入りの許可されない場所の方が多い。
佑茜の宮からこの場までかなり距離がある上に、重要な建物等が犇いていることもあり、とんでもなく遠回りしてこなければならないはずだった。
必死になって駆けつけてくれたようで、ゼイゼイと荒い息をついていた。
「凛翔様、この者は私の従者の伶です。同行させる事をお許し下さいますか」
「ええ。さすが紘菖殿の従者ですね。すばらしい行動力です」
凛翔は従者を誉めていた。
私もよくやったと誉めてやりたいくらいだった。
従者の伶は凛翔の従者と供に御者台に座り、私達は慌しく出発した。
翌日の夜には先行していた者達に追いつき、さらに翌日は私の荷物を持った従者達も追いついて、漸く視察の体裁が調ったのだが、後から合流した従者達から驚くべき報告を受けた。