十四
誰にも見つかることなく自室に戻った私は、ホッと安堵の息をついた。
手にしていた衣装は一まとめにして卓の上に放り出し、椅子に深く身を沈める。放り出された勢いで、小さな紐や金具等の小物がばらばらと零れ落ちた。
無意識に胸元に手をやり、私は顔色を変えた。
がばっと身を起こし、胸元を除き見る。いつも上着の下に身に付けていた首飾りが、いつの間にかなくなっていた。
放り出していた衣装を取り上げ、紛れ込んでいないか調べはじめた。あわてている為か、乱雑な手つきで衣装をひっくり返している。ぼろぼろと落ちる小物達。肝心の首飾りだけは見当たらなかった。丹念に一つ一つ調べていくが、どこにもなかった。
他のものは一つとしてかけることなくあったというのに、首飾りだけがない。
私は窓の外を仰ぎ見た。ついさっき入ってきた場所だ。そこを唇をかんで見つめる。苦々しい表情になってしまうのが押さえられなかった。
この部屋を出る前は確かにあった。
「佑茜様とあった場所か、紅扇宮か……」
前者ならいい。あとで見つからないようこっそり回収すればいいだけだ。佑茜とあった場所でも、紅扇宮でも、そのどちらでもない場合は、多少厄介ではあっても、自分の通った場所をさらえばいずれ出てくるはずだ。
問題は紅扇宮であった場合だ。
私を特定する上で重要な手がかりを与えてしまったようなものだ。無論、回収することなど不可能だ。
どちらにしろ、今すぐ動くわけにはいかない。さっきの今で、警戒されていないはずがない。ほとぼりが冷めるのを待つか、人気がなくなるまで待つしかなかった。
やるせないため息一つで、自身の拘泥を振り切り、椅子に腰掛けた。
私は自分のうかつさが、たまらなく呪わしかった。
だらしなく背もたれにもたれ掛かり、一方の腕で目元を覆った。
いまさら身支度を整える気もおきなかった。どのみち昼食まで予定はないのだからと、暫らくそのままでいることにした。
そう判断して、ぼんやりしていると、パサッと軽い小さな物音がした。
ごくごく小さな空耳かと思うほどの音量。あんなことがあったばかりだ。空いているほうの手で、服の中に隠し持った短刀をそっと抜き出し、あげていた腕を下げ音のしたほうをうかがう。
誰も何もいない。
細心の注意を払ってゆっくり身を起こした。部屋の中はもちろん、周囲にも怪しい気配はない。
気のせいなのか……?
そう思いかけたとき、窓の近くに落ちている小さな布の塊に目をとめた。
今まで存在しなかったものだ。
先ほどの音は、おそらくこれが放り込まれた音だったのだろう。
普段以上に気を張って神経を尖らせていたのに、まったくその存在を気取らせなかった。
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
私も自分が鈍い方だとは思っていない。つまり、それだけ相手が上手だったということだ。
隠し持っていた短刀を鞘に収め、窓辺に寄った。
窓枠に身を隠しながら、外を窺った。
だが、やはり、どこにも人影はない。
今の奴に狙われたら、私ではひとたまりもないな……。
苦笑を浮かべて、私は投げ込まれた布の塊を手にした。
半ば予想してはいたが、布の中から失くした首飾りが出てきたときは、目を見張った。
おそらく警告か脅迫の類で、首飾りか何かを匂わすものだろうとは思っていた。だが、首飾りそのものを投げ込まれるとは、思っても見なかったのだ。
首飾りを包んでいた布を、穴が開くほど眺めた。華やかで美しい仕立てだった。最近城下ではやっているという飾り布の一種だった。意中の女性に送る贈り物としても人気がある。
実際にそれを街で女性らに買い与えた事があった。佑茜と克敏の張り合いで知り合ったというか、声をかけた女性にせがまれて、よくわからないうちにそれを贈らされる羽目になっていた。
高級な絹ではないが、上品で値の張りそうな一品だ。
首飾りを落としてまだ間もなく、よもや私に脅しをかけるために準備したものではないはずだったが、それともその様な馬鹿騒ぎをしていた事すら匂わせているのだろうか、と考えた。もし脅しの意味がないのであれば、普段からこういうものを身に付けているということだろう。
相手は女か、よほどの洒落者か、抜け目のない女好きか、よほど執念深く私を付けねらっている暗殺者か。
誰が何の目的でこんなものを投げ込んできたのか、色々とややこしい裏があるのは間違いないし、状況は一層悪くなっている。
それでも私は、首飾りが戻ってきたことが、純粋にうれしかった。
首飾りは首にかける紐が切れてしまっていたが、取り付けてある女物の髪飾りには、一つの傷もついていない。
紐を付け直せば大丈夫。
ぎゅっと首飾りを握り締めた。