十三
「佑茜様、何をするんですか!」
追っ手の気配が完全に消えるのを待って、頭を振ってその口付けからのがれ、抗議の声を上げた。
「匿ってやったんだろう」
佑茜は真意のわからない笑みを浮かべていた。
腕を突っ張って佑茜の腕の中から苦労して身をもぎ離した。佑茜に比べれば、私はかなり華奢な体格をしている。佑茜が本気で力を入れていたら、私では敵わず、その私程度の腕力で抗えるということは、彼は本気ではないということだ。
からかわれたのかと、私は微妙な気になった。
「そんなことは判っています。そのことには感謝していますけど、ここまですることはないじゃないですか」
私は顔をしかめながら、乱れてしまった衣装を手早く調える。
きちんと結ってあった髪は解かれ、しどけなく肩や背に垂れかかっている。上着と帯は引っぺがされ、地面に落ちているし、上衣も腕にかかっているだけの状態で、後姿だけを見れば、あられもない女官の姿に見えなくもないかもしれない。
睦言の真っ只中のその女官が、まさか男とは思わないだろう。
そういう意味では佑茜の判断は正しかったし、不埒な真似を働こうとしていたわけでもなかった。
その証拠に、下穿きどころか上衣の下の衣装には一切手を触れていないからだ。
私は佑茜に男色の趣味がないことも知っている。
けれど大きな秘密を抱えている身としては、確実に寿命が縮まった。
佑茜は腕を伸ばして私の顎をつかみ、強引に振り向かせ言った。
「それとも、突き出してやればよかったか?」
本気とも冗談ともつかない口調。
だが心のうちを見透かすような眼差しは、一切の甘さはない。
私はその物言いよりも何よりも、その眼差しにヒヤリとした思いを抱いた。
昔から佑茜は私を試すような物言いをすることがある。単なる戯言だったり、暗に圧力をかけてくるだけの時もある。今のような思わせぶりな態度やほのめかしに、私はいつだって平静ではいられなかった。まるでお前の秘密を知っているぞといわれているようで、一時たりともそれを忘れることが出来なかった。そういう思わせぶりな態度を、佑茜が人目がある場所で取るような真似をしたことは無かったが、他の人間に対してもそうなのか、その意図がどこにあるのか、付き合いの長い私にもいまだわからない。佑茜が私にするような試すような真似を、他にしているのかどうかすら知らないのだ。
私は動揺を押し殺し、見かけは平然として答えた。
「そんなことは言ってません。匿ってくださったことは感謝していると申し上げたじゃないですか」
私の答えに満足したのか、それともその反応に望みのものを見つけたためか、佑茜は張り詰めていた気を緩め、にやりと面白そうに笑った。
「なら、感謝を行動であらわしてもらおうか」
私の顎にかかっていた指にグッと力がこもり、力任せに引き上げられた。顎で吊り上げられる形になった私は爪先立ちとなり、よろめいて反射的に佑茜にしがみついた。佑茜の顔が間近に被さってくるのに、ようやく状況を把握した私は、ぎょっと目を見開き、悲鳴のような声を上げた。
「佑茜様、私は男です!」
そのとたん、パッと顎をつかんでいた手を離した。
私は勢いあまってドサリと地面にしりもちをついた。
呆然とする私の前で、佑茜は肩をふるわせて笑っていた。
「ゆ、佑茜様……?」
「安心しろ。俺は男と寝る趣味はない」
笑いを含んだその声に、私の顔に朱がのぼった。
「からかったんですね!」
佑茜は私の抗議などどこ吹く風で、足元に落ちている衣装を拾い上げ、私にほうり投げた。
「ぶわっ」
頭から衣装を被ってしまい、じたばたと腕を振ってそれを剥ぎ取る。
私はその衣装が、引っぺがされた自分の上着であることに、ようやく気がついた。帯や髪紐が次々と投げつけられる。
「佑茜様に街で撒かれた時に、度々路上の片隅で抱き合う男女を見ましたが、よもや通りすがりの女性に恋人役を無理やりさせていたのではありませんね?」
私の言葉に、佑茜はニヤッと笑う。
「無理強いはしていない。ちゃんとお願いして快諾してもらった相手に頼んでいる。その後も恋人らしくしっかり付き合ってやっているしな」
つまり、その日の夜のお相手まで勤めてもらってるという事か。
果てしなくどうしようもないその言い草に、脱力のあまりため息を付きそうになってしまった。
「さっさと宮にもどれ。人に見られたくはないだろ」
不真面目な態度を消して、真面目な顔で忠告してくる。あんまりにも尤もすぎて反論できなかった。衣装や小物を抱え上げ、頷いた。
「佑茜様、かくまってくださって、ありがとうございました」
照れているのか、そっぽを向いたままの佑茜に小さく頭を下げると、私は人目を避けるようにして去っていく。
私は警戒の眼差しで木々の間から振り返った。
追われていた理由を聞かれなかったな……。単に興味がないだけかもしれないし、考えすぎなのかもしれない。なぜあの時あの場所にいたのか?
すでにその理由に気がついているのかもしれなかった。
その場にとどまった佑茜は、さわさわとゆれる枝葉をじっと見上げていた。
二若には見せることのなかった冷酷な眼差しをしていた。