百二十
言葉もない私に構わず、玉祥は更に続ける。
「あとは、僕達の初陣の時だね。二若は助かったけど、他の兵は全滅したのを覚えているだろう?」
あれを初陣といっていいものか、それは前線へ補給物資を届けるという簡単な任だった。
佑茜の初陣は十三の時だ。その時の私は十二の時の事だ。
危険の無いと思われたそれは、味方の裏切りにあって隊は全滅した。佑茜の二番目の兄が敵と通じて私達の隊を売ったのだ。
隊兵の中にも裏切り者を仕込まれており、内部から食事に薬が盛られ、それらの兵によって見張りが殺された。そんな無防備な状況で夜襲を受けて、殆どなす術も無く兵達は虐殺された。
私は近くにいた幾人かの兵に担がれて運ばれ、気がついたら佑茜や玉祥らに保護されていた。
玉祥と佑茜は偵察と称して、数名の護衛と共に隊を離れていて無事だったのだ。つまり、隊の頭である佑茜が不在で次席の玉祥もいない状況だ。私に全責任があったのに、私が不甲斐なかったばかりに、兵の命も荷も何もかも失った。無様なその初陣は、原因が皇子の一人という事もあって、公的にはなかった事にされた。
佑茜と玉祥が異変を感じ戻ってきたら隊は全滅、指揮していた私は行方不明で、佑茜は激怒したという。
藪の中で息のあった兵から私の居場所を聞き出し迎えに行けば、落ち葉や腐葉土で半ば以上埋められていたそうだ。
そうやって兵等は私が敵に見つからないよう隠してくれた。指揮者とはいえ、私は子供だった。哀れに想いかくまってくれたのだろう。お陰で私だけは難を逃れたのだが、あの場にいた者は私と数人の裏切り者以外は誰一人助からなかった。
「土の中から二若を掘り出して、付近で見つけた洞穴を拠点にした後、泥だらけのままにしておくのは可哀想だと着替えぐらいしてやろうとしたら、佑茜様はすごい剣幕で放っておけって言ったんだ。隊を全滅させてしまった二若に怒ってそんな態度を取るなんて、佑茜様らしくないだろう? おかしいなと思っていたけど、二若が女の子だったから、着替えさせられなかったんだね」
そんなやり取りがあったとは知らなかった。
あの時は目覚めた後も色々とあって、身なりに気を使う余裕も無かったし、私達は敵地に入り込んでもいたから相手の将兵から逃げ回らなければならないこともあって、泥だらけなのを不思議には思っていなかった。
どうにか味方の隊と合流した時は、全員がボロボロだったし……
「他には克敏殿下と女性に声をかけてどちらが多くの女性を集められるか競争した時だね。あれって二若に女性の扱いを学ばせるためだって佑茜様は言っていたんだよ」
「それは知っているが」
「僕もね。一度だけ女性の扱いを学べと言われたことがあるんだ。その時は色町へ連れて行かれたけれど」
「玉祥も似たような目にあっていたんだな」
「まあね」
玉祥は恥ずかしげにはにかんだ。
私はちょくちょく帝都から離れている。国に戻って執務を執り行ったり、軍を動かさなければならないような摘発や時には内乱を収める為に、二人の傍から離れることがある。だから私が知らない様々なことがあっても不思議じゃないが、それにしたって私といる時といない時では随分と違うようだ。
様々な報告から、色々とやらかしているのは知っていたけれど、二人の間でどのようなやり取りが交わされたか知るよしもなかった。
こんな、あからさまな行動に出ていると気づけなかった事に、少しだけ複雑な心境だった。
「どうして二若は色町に連れて行かないのかなと思っていたけど、女の子じゃあそういうわけには行かないよね。だから納得したんだよ」
「なぜ? 女だとなぜ色町に連れて行けないんだ?」
玉祥は私の問いに、コテンと首をかしげた。
「そりゃあ、色町の女性達は相手が男か女かすぐ見破ってしまうからだよ」
「どうやって?」
「そういう仕事についているから」
……いまいち納得できないが、私よりは色町に詳しい玉祥が言うのだからそうなのだろう。佑茜が同じ事を言っても絶対に信じなかったが、玉祥が私を騙そうとしたことはないし、騙そうといった思惑を抱いている色は欠片も見えない。だから信じてよいのだと思う。むしろ玉祥だから、全ての言葉を信じたいと、心のどこかで願っている気がする。
現状を思えば疑わなければならない相手だが、私は玉祥を疑いたくないのだ。ただひたすら信じていたい。
それが私の本心で、彼を長い事見てきた私の思いだ。彼にまで思いを裏切られれば、私はきっと立ち直れないだろう。人を信じる事が出来なくなるかもしれない。
「私を運んだのは真祥だと言っただろう? なぜ真祥が私を運ぶんだ?」
「真祥は二若を運んでいるとは知らないと思うよ。荷の中に人が入っていた事も知らないんじゃないかな。貴重品を扱うような手つきだったけど、人に対するものよりは荒かったと思う。佑茜様がどういう経緯で真祥に君を託したかは不明だね。直接お聞きするしかないよ」
どうも玉祥は本当に知らないといった雰囲気だ。
となると、二若と佑茜が手を組んでいるということか?
しかしそうなると帝都から脱出するのに、兵から逃げ隠れする羽目にはならなかったはずだ。
そこまで考えてため息をつきたくなった。
情報が少なすぎて全く判断できない。玉祥の言葉が全くのでたらめの可能性だってあるわけだし、何をどう信じて判断したらいいんだ。
これ以上考えても仕方が無いだろうと、先ほどから気になっていたことを訊ねた。
「……なあ、佑茜様はいつから私が女だと知っていたんだと思う?」
玉祥から聞いたあれこれから、随分前からバレていたらしいと察せられたが、なぜバレたのか理解できなかった。