十二
「なぜ、ここに?」
そう口にしてからすぐに気が付く。もちろんその理由は明白だ。朝帰りしたところだ。この先には王宮外への出入り口がある。そして佑茜はそこから度々街に出て、朝帰りする事は珍しくなかった。今日もその口なのだろう。
そう、思いたかった。
「なにも昨日の今日で忍び込むことは無いだろうに。仕事熱心なのも大概にしとけよ」
はっはっはと声を潜めつつも佑茜は笑い飛ばした。
佑茜は忠誠心から調査に行ったといいたいらしい。
「返す言葉もございません」
事実とは違うが、それに乗らせてもらう事にした。忠誠心からではないが、朱晋と第五皇子の繋がりを調べるのは、佑茜の為にもなるのだからあながち間違いでもない。
「さてあの追っ手をまかなければな」
近づいてきている気配に、佑茜は楽しげに呟いた。
追っ手をまくと言う事に関しては佑茜は天才的な冴えを見せる。王宮を抜け出して街に繰り出すのをとどめる為に、衛兵や護衛がどれだけ苦労してきたか。その都度綺麗に出し抜いて、好き勝手遊び歩いている。かく言う私もそうやってまかれた事のある人間の一人だ。最近ではどうにかこうにか巻かれずについていく事が出来るようになったが、気を抜くとすぐさま姿を見失ってしまう。
佑茜に見つかったのは大きな誤算だったが、追っ手をまくにはこれほど頼りがいのある人間もない。
「と、いうわけでだ。脱げ」
「……は?」
唐突なそれに私は固まった。
「こういう場合は古典的に、『こんな朝早くからお盛んね大作戦』に決まっているだろう」
さっぱりその思考回路がわからなかった。戸惑っていると佑茜の腕が伸びてきて、胸の詰め物(薄い上着)を抜き取られ地面の上に放り出された。抵抗する間も無いあっという間の早業だった。
「色気の無い詰め物だな」
「申し訳ありません」
面白くもなさそうな口調に、なぜだか謝ってしまった。
色気のある詰め物ってなんだろう?と内心で首をかしげた。
唖然とする私を無視して帯に手をかけてきた。
「な、何をするんですか!?」
「だから脱げと言ってるだろう」
するすると解かれてこれも投げ捨てられる。
佑茜の意図はわかる。男女が睦みあっているように見せかけようと言う魂胆だ。そんな事判っていたとしても、その作戦に乗るわけには行かない。私が女役をやって、万が一本当の性別が佑茜にばれたら洒落にならないのだ。
「無理ですよ!絶対に見破られます」
特に私の手を見ただけで下働きではないと見破るような油断なら無い相手がいるのだ。こんな竹林で、朝から睦みあっているなんて不自然な状況に、騙されてくれるとは到底思えない。さっさと逃走した方が絶対にいいはずだ。
だが佑茜は全くそれに頓着していない。髪にさしていた安物の女の簪を抜き、髪を結い上げていた紐を解いていく。
宮廷では男も女も髪を伸ばすのが普通で、それを結いもせずにたらしたままにするのは酷くだらしない事だと言われている。もちろん私も髪を下ろして人前に出た事は無く、それどころか病気や体調不良以外で佑茜に下ろし髪をさらした事すらない。その常識を破って髪を解くのだから私は目をむいた。
グッと腕を掴まれて引き寄せられる。
「騒ぐなよ」
耳元で低くささやかれた。
息が耳に当たって酷くむずがゆい。思わず体を捩る。
追っ手はすぐ近くどころか姿を確認できるほど近くにあって、今更逃げ出す事もできず佑茜の言いなりだ。
腰に腕を回され、グッと抱き寄せられる。
内心で悲鳴を上げた。
「ほら、俺の体に腕を回して抱きつけ」
耳に当たる息がくすぐったくて、変な奇声を上げてしまいそうだった。
迷っている暇は無いと佑茜の背に腕を回した。
小さい頃はよく抱きついていた。一緒に遊んだ時や、剣の稽古や対術の稽古で触れ合う事も珍しくなかったが、初陣を経験する頃にはそんな事も無くなって、随分久しぶりの感覚だった。懐かしいと言うよりは困惑と言うのがピッタリだった。私の記憶の中ではあまり体格差がなかったのに、今の佑茜は私などより随分がっしりとしていて、私の体はその腕の中にすっぽりと包まれてしまう。隠しようも無い程の体格差が出来てきてしまっている。
すでに男として押し通すのは限界を超えていたのだと、私は理解した。気が付くのが遅いくらいだ。
背中にあった佑茜の手が後頭部に回る。柔らかな手つきで髪を梳かれた。
追っ手達は私達の姿を視認しているだろうに、この怪しい雰囲気に気後れして近づいてこないようだ。
佑茜はクククと楽しげに忍び笑っている。密着しているのでその息遣いがはっきり感じられた。私をからかって楽しんでいるのか、追っ手達を惑わしている事に楽しんでいるのか、真意はわからないが、酷く楽しんでいると言う事は間違いが無かった。
後頭部にある手に力が篭り、上向かされる。
えっ、と佑茜を見上げると佑茜の顔が間近にあって、口付けられていた。
私は驚きに目を見開いた。
佑茜の眼差しに甘い色は全く無く、油断無く辺りをうかがっている。
腰に回っていた腕が徐々に上がってきて、背中の辺りを彷徨っている。ゾワゾワした感覚を必死に耐えていると、ムギュッとわき腹をつねられた。
わき腹は私の弱点の一つだ。其処を軽くとはいえ抓られて耐えられなかった。
「ンムっ!?」
奇声は口がふさがれていたせいで、くぐもったものになってしまう。
佑茜の手はそれだけでは収まらずに、サワサワと抓った辺りを撫ですさっている。
「ン、ふ……ンム、ンンン」
くすぐったさに笑いがこみ上げてきて、堪え様とは思うのだが、おかしな奇声が出るのを止められなかった。
足に力が入らず、佑茜の背に回した手に力を込めてしがみついた。
口をふさぐくらいなら笑わせなければいいと思うのだが、佑茜は全くくすぐるのを止めようとはしない。
すると、背後で私達の様子を伺っていた追っ手達は気配を殺して立ち去っていくではないか。
こんな無様な逢引の振りくらいで簡単に騙せるなんてと、私は呆気にとられていた。