百十七
私にとって想定外だったように、二若達にとってもこの遭遇は不本意なものであるようだ。
二若と香麗は私の姿を認めると驚いたように足を止めた。何事かを香麗に囁き、二若は私のいる池へと足を踏み出してきた。
冗談じゃない。私は素っ裸なんだぞ!?
置いてけぼりにされかけた香麗は、二若にすがり付いて引き止める。
よし、そのまま止めておいてくれ。その隙に私は服を……
岸辺に置かれたままの衣装へと目をやり、うめき声を上げそうになった。
二若の近くにあるじゃないか!
これでは取りに行く事もままらなん。
どうしようかと周りを見渡していると、香麗を振り切った二若が池の中へ入ってきた。蹴立てられた水面が揺れて、水に浸かっていない上半身をぬらす。
香麗はそんな二若に戸惑いつつも森へと向かう。
「こっちへ来るな! 私は香麗の事を誰かに話すつもりなどない。早く行け!」
二若の考えは判っている。香麗を逃がす時間を稼ぐために、私に暫くの間大人しくしていてもらうつもりだろう。
私は見逃すつもりだと言うのに!
シッシッと手を振って向こうへ行けと身振りで示すが、二若は構わずこちらにやってくる。
「馬鹿者! 来るなといっているだろう!」
なるべく肌を見せないよう身を捩りつつ、水をかけて追い払おうとした。その程度で諦めてくれるはずもなく、あっという間に傍まで来てしまう。一応はこちらを気遣ってか、視線を明後日の方に向けてはいるが……
二若は上着を脱ぎ、それをしゃがみ込んだ私の肩にかけてくる。
私は慌てて前身ごろをかき合せ、急いで肌を隠した。
ホッと一息ついて、怒鳴った。
「来るなといっただろうが。……私は追わんといっているのに。この愚か者め」
慌てたせいか、少し息が切れた。
微妙に体の中に毒でも残っていたか。まだ体調は完全とはいえないらしい。
「判ってる。だけど今は一緒に来てくれ」
上着の下に隠れている腕を掴み、立ち上がらせようとしてくる。
「何を危惧しているか知らんが――」
「今の、一姫の悲鳴だ! 人が来る。今見つかるのはまずいだろ!? だから、早く!」
なんだそんな事かと拍子抜けした。
こんな場所でも悲鳴に気づけば人は来るだろう。いや、禁足地だからこそ、余計に何があったかと調べに来るはずだ。悲鳴に気づけば。
この近辺に兵は配していないし、気づかれるも何もないが、二若の危惧は一理あるのも事実。しかしだ。
「私とて悲鳴など上げるつもりはなかった。お前達の邪魔をするつもりもないし、私一人ならなんとでも言い訳できる。さっさと行け」
身を捩り二若の手を振り払いながらいえば、じれたように反論してきた。
「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ」
チラチラと二若は己がやってきた方へと視線を投げている。
そこで何かがおかしいと、私もようやく察した。
こいつは、一体何にここまで警戒しているんだ?
私や三姫、それにその配下の者なら、それこそ警戒する必要などないだろう。そもそも城の兵を歯牙にもかけていないような奴だ。警戒する相手なんて尋常ではない。
水の中から立ち上がり、二若と同じように二人が出てきた方向へ目を向けた。
ここまで二若が警戒するものと言えば、それはもう……
己の思考に集中していて、私の意識は二若にはなかった。だから気づけなかった。
切羽詰った様子で歯を食いしばり、硬くその手を握り締めた事を。
すまなそうな眼差しで私を見ていた事も。
「ゴメン、一姫」
何が? と、振り返ったところ、みぞおちに大きな衝撃を受けた。
グルリと視線をめぐらせ己の体を見下ろし、二若に当身を食らったのだと知った。
「なに、……を……」
薄れいく意識の中、最後に視界の中に入ってきたのは、険しい眼差しでどこかを睨みすえる二若の姿だった。